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燦々々  作者: 原田昌鳴
2/14

【2】

 自分は困っていた。貯金が底をつこうとしているのである。加えて広告代理店、中古車販売店、建築重機販売店、オイル販売店、そして旅行代理店、そのすべての面接に落ちてしまっていた。

 自分は困っていた。そこで自分は同級生の中で一番の仲良し、パチンコ店チェーンで幹部候補にまで上り詰め、すでに月収六十万を越える高畑のところに相談に行った。

「おまえ、そろそろ落ち着けば? もう三十越えてるんだよ、俺たち」

 高畑はこのように言って自分の精神を追いつめた。

「面接に受からないんだからしょうがないのだ」

 高畑はまだ独身ではあったが、付き合いはじめて八年になる女と一緒に住んでいる。その女は自分にお茶を出してくれたが、その目はどこか自分をさげすんでいるようだった。自分に運ばれてきたお茶は、沸騰しているのではないかと思われるほど熱かった。自分はこのままでは高畑の女に精神的苦痛を喰らわされると思ったので、話を切り上げさっさと帰ろうと思い、立ち上がった。すると高畑はこちらを救う一言を言い放った。自分はこいつこそ一番の仲良しだ、と思った。

「おまえ、職安に行って失業保険を申請したか?」


 四ツ屋荘から歩いて十五分ほどの場所に職業安定所はあった。自動ドアが開くと、自分は驚いた。初冬の平日、午後三時、職安には二、三十人もの男女、それも主としておっさん、ちらほらおばさん、また若者までが集合し、みんな係員の話を熱心に聞いていたり、『専門職』とか『営業職』とか書かれているファイルをパラパラと無言でめくっていたりしたのである。そう、彼らはほぼ全員失業者なのである。

 高畑から聞いていた書類を持って受付に行って、自分にとっての最大の救済措置、失業保険の説明を受け、一週間後の午後一時に、二階の会議室に来いと言われたので、自分はへいへいと頭を下げて帰路についた。

 一週間後、自分は失業保険に関する説明会へと出かけた。

 ネクタイを締めた係員のおじさんが、ネクタイなど締めていない自分を含めた老若男女約二十五人に向かって、求職活動とはどのような活動のことを示すのか、どうすれば保険を受け取れるか、保険を受け取るためには『働く意志』が必要不可欠である、などと、こぶしを握りしめながら力説を繰り広げていた。

 説明開始からおよそ一時間半後、しんと静まっていた会議室に高らかに失業中のおっさんの声が響き渡った。

「すいませ~ん、休憩とらないんですか~? 普通休憩ぐらいとるでしょ。前はとったよ~」

 そのおっさんの訴えを聞いて、ネクタイを締めた係員は溜め息をつき、しょうがなく十分の休憩を許可した。手をぴんと伸ばして高らかに休憩を要求したおっさんは、机の上に置いていたラークの箱を手にとって、パイプ椅子を後ろの机にぶつけたりしながら焦ったように部屋を出て行った。すると、自分の隣の机に座っていたドレッドヘアの髭面の兄ちゃんが舌打ちをして、

「休憩なんかどうでもいいだろうがぁ、糞じじいがぁ」

 と、小さな声で文句を言った。おっさんと同じく煙草を吸いたかった自分は、ドレッドの文句を聞いてしまったので席を立つことが出来なかった。

 休憩を要求したおっさんがへらへらしながら帰ってきて、説明会は再開した。まもなく係員が質問を投げかけた。

「ええっと、みなさん、職務経歴書ってご存じですか? ご存じの方、手を上げてもらえますか?」

 自分はそのようなものは知らない。みんなも知らないのか、それとも知っているが手を上げにくい状況なので上げないだけなのか、結局手を上げたのは、さっき休憩を要求したおっさんだけであった。おっさんは恐ろしくふてぶてしい態度で片手をズボンのポケットに突っ込み、「どうだ、俺だけだぜ、知ってるの」という顔をしてもう片方の手をピンと天井に突き上げていた。それを見たドレッド、今度はおっさんに聞こえるほどの声でこう言った。

「おうおう、偉そうに手ぇ上げやがって、失業に慣れっこか?」

 それを聞いてしまったおっさんとドレッドが乱闘を始めると、奇声を上げながら殴り合う彼らを見ながら、自分は馬鹿らしくなって溜め息をついた。しかしこの暴力的な様子は、なんだか自分を見ているようでもあるな、と、少しばかり恥ずかしい気持ちにもなったのである。

 高校時代にバイトしていたカラオケ店にそのまま就職をし、最終的には副店長の任務に就いていた自分であるが、ある日、帰った客の部屋の掃除に出かけたバイトの女子高生がなかなか戻ってこなかったために様子を見に行って見ると、そのバイトはなんと客の残したたこ焼きを食いながら、数分あった残り時間を利用してカラオケを歌っていた。頭に血が上った自分は、素手、マイク、リモコン等で女子高生をボコボコに殴ってしまい、その後、女子高生の両親が顔を真っ赤にして乗り込んできたのでその両親をもボコボコにしてしまおうと考えていたところ、「馬鹿野郎! 訴えられるとまずいだろうが!」と運営部長が間に入り、すったもんだした挙げ句無事示談が成立したのであるが、その代わりに自分は辞表を提出し、退職した。

 職安の係員の話によると、どうもそのように怠惰な女子高生に暴行した挙げ句に辞表を提出して退職した自分のような場合は『自己都合』という分類の退職になり、保険金を受け取るのは早くても三ヶ月も先になるのだという。自分は落胆した。そんなに先なのか。飢え死にしてしまう。

 危機感が迫り、腹が減った。

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