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燦々々  作者: 原田昌鳴
10/14

【10】

 満員のホール。観客の黄色い声援がホールの空気を震わせる。照明がステージを照らす。シャンシャンシャンシャンとドラムのカウント。ギャンギャンギャンギャンとギターが鳴り始め、振り返るとギタリストは金色のモヒカン。ロックンロール。しかし、どうしたのだろう、マイクを握りしめる自分の頭にはまったく歌詞が出てこない。確か英語の歌詞だったような気がするが、まったく浮かびもしない。バンドはそのままイントロを何度も繰り返していて、自分が歌い始めるのを待っているが、いつまで経っても歌詞は出てこず、さすがに観客も「こりゃなんだかおかしいわね」と気づき始めたのか、ペンライトがだんだんと揺れなくなってきた。

 …………。

 飛び起きると、もう二時を三十分も過ぎていた。自分は慌ててカップラーメンをかき込み、ワイシャツを着、ネクタイをワイシャツのポケットに突っ込み、顔を洗い、歯磨きは都合上省略し、スラックスをはこうとして、ふと気が抜けた。自分が遅刻したところで、誰も気づかないかもしれない。気づいたところで、誰も自分の遅刻を責めはしない。ならば急ぐ必要などないのかもしれない。どうせ松本はいないのである。

 のらりくらりとだるそうに出勤すると、なんと二時五十七分。意外にも遅刻をしないですみ、手柄を上げた気分になった自分は妙な明るさに包まれたのであるが、どうもさきほどから事務所には明るい職場らしからぬ暗く重い空気が立ちこめていて、店長のほっぺもどことなく赤みがなく、机に両肘をつき顔を掌にうずめ、おう、絶望、と、そのように落ち込んだ様子なのである。

 自分は店長の肩をぽんと叩いて言った。

「どうしたんすか? 店長がそんな暗い顔してたらせっかくの明るい職場が台無しですぜ」

 やっと自分の存在に気づいたほっぺの店長は、自分を見てもやはり暗く、言葉を発することもできないようであったので、自分は電卓を叩く事務のおばちゃんに問うた。

「ワッツハプン」

 いつもよりも電卓を叩くスピードが遅く感じられるおばちゃんは、片手で頭を押さえながら自分に暗さの原因を説明したのである。

 松本による暴行事件後、病院に搬送されたピアスは、脳やなんやかんやの精密検査を行い、結果、幸い軽傷、それを受けてピアスの両親が来店、現在被害届を出すことを検討中であるが、まず松本を交えて正式な謝罪をして頂きたいと要求、「へへぇい、おおせの通りに致しやす」と店長はひれ伏し、すぐさま松本に電話、「わかりました。遅れないように行きます」と松本は了承したが、約束の時間になっても店に現れない。電話をしても出ない。そして一向に謝罪に来ない松本らにピアスの父親は激怒、「警察に被害届を提出し、傷害事件とし、松本を逮捕して頂く」との旨を店長に報告後退店。慌てた重役のみなさんと店長が松本抜きでピアスの入院している病院に見舞いに行くと、「やはり松本を連れて来い」とあっさり突っぱねられ、再び店長が松本に電話をしたがそれから電波が届かず、その後松本のマンションに行くも留守、仕方なく近所の松本の実家(豪邸)を訪ねて行き、かくかくしかじかでご子息は逮捕される可能性もあると報告、松本の両親は驚愕したが、肝心な松本の行方は知らぬ存ぜぬの一点張り、店長は「これは完全に逃亡であると判断せざるを得ない」と考えた時、警察から電話があり「本日伺います」、ああ、タイムオーバー、とうとう夕方警察が訪問する運びとなってしまったのである。

「岡田くん、松本の居場所を知らんか」

「知るわけないでしょうが」


 無表情の私服警官が二人と制服警官が二人の計四人が事務所にやってきたのは、午後四時を少し回った頃であった。当然のことであるが、一連の目撃者ということで自分も店長と共に事情聴取された。しかし、どうも店長は自分と松本の親密さを強調したいようで、なにかあると「どう、岡田くんなら松本と仲が良いし、なにか知ってるんじゃない?」などと話を振った。

「えっと、岡田さんとおっしゃるの? あなた、松本さんと仲良いの?」

「いや、当方はまだあいつと会ってから一週間しか経ってないし、まあ飲みには行ったけど、その程度で仲が良いと言えるのだろうか、当方には疑問であります」

「その飲みに行ったって時に、松本さん、なにか言ってなかった? むしゃくしゃしてるとか、被害者の二葉くんのこととか」

「ああ、バイト二人に相当馬鹿にされていたようで、彼らのことを、むかつく、と、そう言っていた気が……」

「で岡田さんは、それを聞いてなにか言ったの? アドバイスとかした?」

「自分ならバイトを殴る、指を折る、と言った記憶があります」

「ほう。松本さんはどんな様子だった?」

「直後、あのような髪型にしたいと申し出たのであります」

「じゃあ、店長さんが言うように、松本さんの頭を、どういうの、こう、金色にして、バリカンで真ん中だけ残して刈ったのも岡田さん?」

「刈ったのは当方であるけれども、あの髪型を望んだのは松本であります」

「なるほど……。それにしてもなんであの髪型なんだろうなぁ」

「それは松本に訊いて頂きたい」

「その松本さんがいないっていうんだからねぇ。困ってるんですよ。なにか知りませんか、どこか行きそうな場所とか、または、いまどこにいるか、とか」

 警官は最後の一文に力を込めた。自分は「存じ上げない」と、力を込め返して言った。

 さすがに「俺なら殴る」と松本に言っただけで自分が罪人に仕立て上げられるなどということはなく、警察官の聴取はおよそ一時間半で終了。最後に警察官は「もし松本さんから連絡があったり、少しでも思い当たることがあったりしたら、すぐに電話してください」と言い、自分は警察署、刑事課の電話番号のメモを受け取った。

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