5 聖女様の本名を知れるとは思わなかった
ここで登場人物の名前が出ます。
主人公『ラクス』
聖女様『リザベル』
「せ、聖女様……!?」
俺はまさかの事態にただただ唖然としていた。
だって、こんな偶然があっていいものだろうか。
聖女様との恋を夢見て魔王軍を抜け、冒険者になってからまだ数日。
そして初めての指名依頼で、自分の想い人である聖女様と再会。
「……今日、俺死ぬのかな」
そう思わずにはいられないような偶然の重なりである。
「あ、あのー……?」
「は、はいっ」
俺が一人云々唸っていると、聖女様が戸惑ったような声がかけられる。
そういえば俺は今、聖女様の救出と護衛という依頼を受けているんだった。
ここでちゃんとしたところを見せて第一印象を少しでも良くしなければならない。
「もしかして、私を探しに来てくれたんですか……?」
「はい! そうです! ずっと貴方を探していたんです!!」
恋に落ちてからずっと探していた。
実は今回の依頼を受けるずっと前から探していたのだ。
冒険者稼業の合間を見つけては商店街を歩き回ったり、初めて聖女様を見かけた周辺を見回ったりして、もう一度再会できないかと願い続けてきたのである。
「あ、ありがとうございます」
聖女様は若干俺の勢いに押されながらも丁寧に頭を下げてくれる。
またそんな仕草も可愛いんだよ、清楚系で。
「ギルドからの依頼で、貴方をこれから都まで護衛していくことになってます」
「そ、そうだったんですか。こんなところまでわざわざありがとうございます。えっと……」
「あ、俺はラクスです」
俺の名前はラクス。
苗字があるのは一定以上の身分を持っている者のみで、それは魔族も人間も同じだ。
ただ俺はそんな苗字を持っているような家系ではなかったので、ラクスという名前だけである。
「ラクスさん、ですね。よろしくお願いします。私の方はリザベル。皆にはリザって呼ばれています」
「リ、リザさん……ですか」
俺が自己紹介をし始めた時からもしやと思っていたが、まさか聖女様の本名を知れるとは思わなかった。
これは恋から見ても大きな一歩を踏み出したのではないだろうか。
思わず頬が緩みそうになる。
「……?」
そこで一つ不思議に思ったのだが、聖女様――リザさんには苗字はないのだろうか。
今こうやって目の当たりにする雰囲気であったり仕草とかから見て、どこか高貴な家の出身のような気がしたのだが。
それに聖女という称号も与えられるほどの光魔法の持ち主、何か事情があるのかもしれない。
「どうかしましたか?」
「い、いやなんでもありません!」
しかし俺とリザさんはお互いに知り合ったばかりだ。
それなのに変に詮索とかするべきではないだろう。
俺だって見ず知らずの人から自分のことをあれこれと言われたら嫌な気分になる。
自分のことを何も知らないくせに、って。
「えっと、それじゃあ早速都までお連れしたいのですが……」
ここでリザさんに出会ったのは偶然ではあるが、一応今は依頼の途中でもある。
その依頼を放り出すわけにはいかないし、こうやって再会させてくれただけでもこの依頼には感謝しなくてはならない。
「…………」
しかしリザさんは一度顔を伏せたかと思うとそのまま黙り込んでしまう。
ぐ、具合でも悪くなったりしたんだろうか。
「……あの」
「は、はい」
そんなことを考えているとリザさんは突然顔を上げ、真剣な顔で俺に声をかけてくる。
俺は若干緊張しながら、リザさんの呼びかけに答える。
「一人で、帰ってくれませんか……?」
「……え」
しかしリザさんは俺が予想にもしなかった言葉を言い放った。
「ど、どうしてですか?」
もしかして俺があまりにも気持ち悪すぎるから一緒に帰りたくないということだろうか。
もし本当にそうだとしたら俺はもう立ち直れないのだが……。
「……私には、まだするべきことが残っているんです」
「するべきこと、ですか……?」
しかしリザさんがそう言う理由は、どうやら俺が嫌いだとかそういう理由ではなかったらしい。
ちょっと安心。
「私は、とあるモンスターの討伐にここまでやってきたんです」
「モンスターの討伐……? リザさんがですか?」
一体どうしてリザさんがそんなことをしているんだろうか。
リザさんは聖女様であり、そんなモンスターを倒さなければいけないなんてことはないはずだ。
それなのにまるで冒険者みたいにモンスターを倒す必要があるなんて、どういうことだろう。
「これは、私がプライベートで受けた依頼なんです……子供たちから」
「…………なるほど」
俺はリザさんの言葉に頷く。
つまりリザさんが今回受けた依頼というのは、ギルドに受けてもらえなかった依頼ということなのだろう。
ギルドに討伐などの依頼をするとき、そこには報酬が必要となってくる。
多くの依頼から、今では大体の相場も決まっている。
だが子供たちにはその依頼料というものが払うことが出来なかったのだろう。
だからその依頼を聖女様であるリザさんがプライベートで受けた。
恐らく報酬も受け取らずに。
何というか、さすが聖女様というべきか。
「……リザさん」
「……私はこの依頼が終わるまでは帰りませんからね」
「違います」
恐らくリザさんは俺が無理やりにでも都まで連れ帰ろうとしていると思ったのだろう。
でも違う。
正直言えば俺も、このまま帰るのは惜しいと思っていたのだ。
少しでも長くリザさんと一緒にいたい。
例えそれが依頼だという名目だとしても。
だから俺は――
「――――その依頼、俺にも手伝わせてください」




