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3 無職が冒険者を目指すわけ

たくさんのブクマありがとうございます!


『触ったら浄化』


 それは立ちはだかる壁というにはあまりにも残酷だった。


 これまで一人で妄想していた聖女様とのいちゃいちゃ生活。


 恋人のときは、手をつないだりキスしたり。


 結婚したら、あんなことやこんなことも。


 そんな妄想が一つずつ一つずつ消えていくような気がした。


 俺は一体どうすればいいんだろう。


 いっそ聖女様に会ったことから全部忘れてしまえば、ずっと楽になるのだろうか。


「でも、好きなんだよなぁ……」


 そうなのだ。


 俺は彼女のことが好きだ、惚れている。


「……はぁ」


 俺は観念して、大きく溜息を吐いた。


 魔王様の御前でこの狼藉、でも許してほしい。


「……魔王様」


「うむ」


 俺の呼びかけに、魔王様は静かに答える。


 そして、今から俺が言う言葉をじっと待ってくれていた。




「俺、やっぱり魔王軍は辞めます」




「……それでいいのだな?」


「……あぁ」


 俺は頷く。


 魔王軍を辞めてどうするのか、俺にもまだ分からない。


 それでも――


「――――好きになった相手の敵には、なりたくないからな」


 例えこの恋が実らなくても、魔族だからと嫌われていても。


 この気持ちだけは確かなのだ。


「皆には私から伝えておく」


「ありがとうございます」


 俺としてもそちらの方がありがたい。


 これまで一緒に戦って、生活してきた仲間たち一人一人に挨拶して回っていたら、とんでもない時間がかかってしまう。


 それに、しんみりするのは苦手なんだ。


「…………」


 俺は魔王様に背中を向けながら、出口へと向かう。


 もしかしたらもう二度と、魔王様と会うことはないのかもしれない。


 でもそれが俺が選んだことなのだから、仕方ない。


「……魔王様」


 俺は呼ぶ。


「二十年間、お世話になりました」


 もう振り返ることはない。


 ただ扉に向かって呟き、俺はそのまま部屋を出た。




「あーッ!」


 俺は空を飛びながら、大きく叫んでいた。


 魔族の中でも一部だけ、自らの翼で自由に空を飛べる者たちがいる。


 その中の一人でもある俺は、こうして自由に空を飛んでいるというわけだ。


 誰もいない空というのはいつになっても気持ちいいものだ。


 風も気持ちいいし、何より解放感に溢れている。


 とは言っても、俺は今日魔王軍を辞めた。


 つまり無職と何ら変わりない。


 というか普通に無職だ。


 これまでずっと魔王軍で働いてきたのもあって貯蓄はある程度あると思うが、それでもこれから好きな子と仲良くなるために無職のままじゃまずいだろう。


 普通に冷たい目とかで見られただけで浄化してしまいそうだ。


 なので早急に仕事、お金を稼げることをしなければならない。


 ただ、魔族である自分が出来ることといったらかなり限られてくるのが普通だろう。


 もちろん自分が魔族ですなんてバラすつもりもないし、バレるようなヘマもするつもりはない。


 だが普通の職場ではある程度の対人関係も必要になってくるだろうし、そんな中で気を張り詰めながら仕事をするのも面倒くさい。


 出来るだけ一人で行動出来て、それでいてちゃんと収入も確保出来る。


 そう考えると……一つしかない。


「冒険者、だな」


 冒険者とはギルドへ持ってこられた依頼をこなし、依頼者から報酬をもらうことによって生計を立てる職業のことである。


 収入が多いか少ないかは個人の能力や努力に依存し、報酬が上がれば危険も高まってくる。


 安定した収入が入ってくるということはないが、魔王軍で働いていた俺からしたら生計を立てるくらいであれば何ということはないだろう。


 そして冒険者には冒険者なりの格付けというものもある。


 それは『ランク』といいランクが上がれば上がるほど、同業者や周囲の人たちからは一目を置かれ、指名の依頼が来ることもあるらしい。


 ギルドの依頼に関しては特に縛りはないようだが、これはつまり自分自身で自分の力量を把握しなければならないということでもある。


 ソレに関してはこれまでの経験上良く分かっているので大丈夫だ。


 そして何より冒険者が良いのは、一人で行動が出来るということに限る。


 もちろん冒険者たちがパーティーを組んで難しい依頼を受けたりするのが主流だったりするのかもしれないが、別にそんな難しい依頼を受けずとも生計を立てられたらそれでいいのだ。


 そしたら聖女様にもし仕事を聞かれても、少しはちゃんと答えられるだろう。


「やっぱひとまずは冒険者として頑張るかぁ」


 恐らくそれが無職になった俺にとっての最善手だ。


 そして願わくはいつか聖女様からの指名依頼が来たりなんかして……ふふふ。


「それに浄化なんて気にしてたら何も出来ないよな」


 触れたら浄化?


 触れられても浄化?


 それなら別に触れなくてもいい恋のやり方を探していけばいいだけだ。


 初めから付き合おうなんて俺も思っていない。


 少しずつ関係を進めていければそれでいいと思っている。


 まずは友達から、そして恋人、そしていつかは結婚。


 事故物件だからどうした。


 こっちだって今は無職の事故物件なのだ。


 それでも諦めようなんて思わないし思えない。


「待ってろよ! 未来のマイハニー!」


 俺は頬を掠める冷たい風に心地よさを感じながら大きく叫んだ。

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