2 好きな子に触ったら浄化されるようです
新作です!
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「せ、聖女だと……!?」
「はい! 聖女様です!」
『聖女』――それは女性限定で光属性の魔法を極めた者に与えられる称号である。
その称号を持っているだけでも皆からは敬われ慕われる。
魔族である俺ですらその存在を知っているくらいだ。
人間たちの間であれば、俺が想像する以上の人気があるのかもしれない。
それに普通『聖女』というものは、光属性の魔法を極めないといけないため、どうしても高齢の女性にその称号が与えられることが多い。
そんな中で俺が惚れてしまった彼女は恐らく俺と同じか少し下程度だった。
つまりそれだけ彼女に才があり、能力があるということだろう。
「…………」
はっきり言って、俺とは釣り合うはずもないことくらい自覚している。
俺は単なる魔族軍の一兵士でしかなく、相手は人間たちのあいだではほとんどカリスマ的存在。
俺がいくら背伸びしたところで届く相手でないことくらい重々承知しているのだ。
それでも。
それでも、諦められないからこそ、俺は今こうやって確かに恋をしているのだろう。
なんたって彼女は俺の好みのどストライク。
第一に清楚。
これは『聖女』であるということから容易に想像できる。
確かに勝手に理想を押し付けているだけ、という可能性だって無いわけではない。
でも俺が初めて彼女を目にした時に感じたあの胸の高鳴りが、彼女は間違いなく清楚であるということを教えてくれている。
そして容姿も整っている。
美人なサキュバスたちを見慣れている俺でさえ、思わず目を見張ってしまうほどの可愛さで、しかもこれが黒髪と来ている。
容姿だけで言っても、彼女が俺の理想であることは疑いようのない事実だ。
「…………あぁ!」
思い出してきただけでも鼻血が出てしまいそうだ、いけないいけない。
ここは仮にも魔王様の御前。
そんなみっともない醜態をこれ以上見せるわけにはいかない。
「ち、ちょっと待ってくれ」
俺が鼻を抑えていると、魔王様が焦ったように声をかけてくる。
「そ、その相手は本当に『聖女』なんだな?」
「? そうですけど」
一体どうしたのだろうか。
魔王様は額に汗を浮かべながら視線を彷徨わせている。
「聖女は……やめておいたほうが良い」
「なっ!? ど、どうしてですか!?」
俺は突然の魔王様の忠告に思わず目を見開く。
「悪いことは言わない。やめておいたほうが良い」
しかし魔王様は俺の質問に答えずただ首を振る。
「……それは相手が『人間』だからですか?」
俺は少しだけ睨むようにして魔王様に聞く。
確かに俺は『魔族』で、彼女は『人間』だ。
それだけで魔王様が俺の恋を止めるには十分な理由だとは思う。
何故なら魔族と人間は今、決して仲が良いとは言えない関係だからだ。
かと言って、一方が侵略したりしているなんてことはない。
戦いも偶に起きるがほとんど小規模なもので、種族間での大きなそれというわけではない。
軍事的な力量を考えてももほぼ互角といっていいだろう。
ただ種族間に絶対的な隔たりがあるのは事実だ。
でも、そんな理由で魔王様に俺の恋を止められても、そう簡単に止まれるものじゃない。
これでも魔族に生を受けて二十年。
自分のことは出来るだけ自分で決めてきた。
それが一番大事な部分で、他人の意見をそう安々と受け入れられるはずがないだろう。
「そうじゃない」
「…………?」
しかし魔王様は俺の問に対して首を振る。
では一体どうして魔王様は俺にそんな忠告を寄越したりするのだろうか。
「その相手が――『聖女』だからだ」
「…………?」
魔王様は神妙な面持ちで本当の理由を教えてくれるが、それを聞いた俺は首を捻る。
いまいちピンと来ない。
「彼女が聖女様であることに、何か問題でもあるんですか?」
そりゃあ確かに聖女である彼女は、沢山の光属性の魔法を使えるだろう。
魔族にとって光魔法というのは弱点でもあり、彼女に近づくことは確かに危険だ。
でも彼女への好意の前ではそんなこと些末なことでしかない。
「…………」
しかし魔王様の顔色は優れない。
それはまるで俺の知らない何かを知っているかのようだ。
だが魔王様は意を決したように、下げていた視線を俺へと向けてきた。
「『聖女』の称号を与えられた者たちにはこんな話がある――――魔族に触れれば忽ち浄化してしまう――――という」
「なっ!?」
魔王様から告げられた言葉は、俺の予想斜め上をいく言葉だった。
魔族に触れれば忽ち浄化してしまう……?
それは一体、どういうことだろうか。
いや、言葉の意味が分からないわけではない。
浄化とは、魔族からしてみれば最も恐ろしいものの一つとして有名である。
…………消えて、しまうのだ。
自分という魔族の存在が、まるで無かったもののように。
これまで二十年魔族として生きてきて、俺はその浄化とやらを一度も見たことがない。
だが魔族たちの間では、言うことを聞かない子供達を脅すための方便に使われるほどに、恐怖の代名詞としても使われることが多い。
「それは、本当なんですか……?」
触れたら、触れられたら――――浄化されてしまう。
俺が好きになった人は、どうやらとんでもない事故物件だったらしい。