魔法少女だっていいじゃない
目が覚めたら、隣で見知らぬ美少女が寝ていた。
男ならそのような妄想の一つや二つ、したことはないだろうか?
突然の状況に慌てる自分。その様子をくすっと微笑みながら好意的に接してくる美少女。そして、自分が中心となって巻き込まれていく非日常的な恋愛ファンタジーや異世界ストーリー。
この俺、古河竜之介もそんなありもしない妄想に憧れる一男子高校生だった。
―――今の今までは。
「んっ……。竜之介、さまぁ……」
日曜の朝、目が覚めた俺の耳に届いた第一声がこれだ。背中にはぬくもりを感じ、誰かが俺にくっついていることが分かる。
もの凄い可愛らしい声だったが、誰だろう。
母さんか?―――いや、うちの母さんはこんなに可愛い声じゃない。
姉か妹か?―――俺に女兄弟などいない。
ならば彼女?―――リア充は死ね。
おかしい。まったくもって心当たりがない。酒に溺れた勢いで見知らぬ女性とベットインなんて可能性もない。だって未成年だし。
俺は期待半分、不安半分といった心境で、おそるおそるベットの上で、顔だけを後ろに向けた。
そこには『筋肉ムキムキの魔法少女』がいた。
何を言っているか分からないかもしれないが、そんなのは俺だって聞きたい。
可愛らしいフリルをあしらったピンク色の魔法少女の衣装。窓から差し込む太陽の光を浴びて、きらきらと輝く綺麗な金髪。すやすやと眠る愛くるしい顔立ち。
ここまでで終わっていればただの可愛い魔法少女で済んだのに。
それなのに、それなのに……、どうしてこんなに身体がムキムキなんだ!!
丸太を彷彿させるような上腕二頭筋。女性の柔らかさを微塵も感じさせない、岩盤のような大胸筋。寝ている間に捲れ上がった服の隙間からのぞかせる、綺麗に割れた腹筋。たっぱも180cmはありそうだ。あ、俺より大きい……。
顔も可愛い、声も可愛い。
なのに何故、天は二物を与えなかったのだ!?
もしかして、これは夢なんじゃないのか?現実的に考えて、これはあり得ないだろう。朝起きたら隣で美少女(筋肉)が寝ているだなんて。よし、早いところ目を覚まして、現実に戻ろうと考えていると、隣でふあっ、と小さな欠伸の音がした。
「あっ、おはようございます。竜之介さま」
筋肉美少女は、んーっと背伸びをしながら起き上がると、ベットの上で座り直して丁寧にお辞儀をしてきた。動いた際に俺のベッドがメキメキと悲鳴を上げていたのは聞かなかったことにしておこう。
「えっと、誰……でしょうか」
普段は敬語など使わない俺だが、目の前の筋肉につい萎縮してしまう。だって迫力ありすぎだろ。某ケンシロウさんの世界に出てくるような体格だもの。
「私、魔法少女のミルクといいます!今日は王様のお使いで、竜之介さまにお願いがあってきました!」
その筋肉でミルクちゃんっていうのかぁ……。ちょっと無理が、いやだいぶ無理があるよ。そもそも魔法少女ってなに。コスプレだよね?
「竜之介さま?」
「あ、ハイ、続きをどうぞ」
「はい。お願いとういうのはですね、竜之介さまに我が国を救ってほしいのです!」
……あぁ~、分かった分かった。これはあれだ。なりきりとかロールプレイとかいう奴ですね。好きなキャラクターとかの真似をして、そのキャラのように振るまって楽しむあれだ。そして、ミルクちゃんは俺に勇者役をやってほしいと。人の家に不法侵入しといて、初対面の俺に求めるのはどうかと思う。
しかし、ここは男・竜之介。可愛い魔法少女(筋肉)のため、少しだけ付き合って進ぜよう。そして、ある程度満足したら大人しく帰って、警察のお世話になってもらおう。
「ミルク、さんでしたね。その大役、この竜之介がしかと引き受けましょう」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
満面の笑みを浮かべて、俺の手を握りしめるミルクちゃん。
笑顔も可愛いなぁ、ミルクちゃん。ただね、握りしめられている俺の手がギシギシ鳴っていて潰れそうなんですわ。できればもう離してくれませんかね、300円あげるから。
「それでは詳しい説明は王様がしてくれるので、少し待っていてくださいね」
えっ、王様役の人呼ぶの?ちょっとやめてよ、俺の心の余裕はミルクちゃんで手一杯なんですが。いや、正直ミルクちゃんも俺の手におえてないのに、これ以上変な人連れてこないで!
当のミルクちゃんはベッドから飛び降りて、なにやらブツブツと呟きだした。着地した際に家が大きく揺れたので、次からはそっと降りてもらおう。
「…………。はい、準備ができましたよ!!」
そう言って俺の方へと振り返ったミルクちゃんの向こうには、両開きの扉がいつの間にか現れていた。
これは俺の部屋の壁に落書きしたのか?にしてはやたらリアリティがあるけど。もしやあれか、人間の視覚に働きかけて立体的に見せるトリックアートって奴か。この一瞬で作り上げるなんて凄い才能の無駄遣いだ。にしてもこれ水性だよね、油性マッキーとか使ってないよな。
「……さすがは噂に違えぬ魔法少女。見事な腕ですな」
「きょ、恐縮です!!」
何言ってんだろ俺。……ええい、ままよ!
「それでは、王との面会をお願いします」
「分かりました。では行きましょう、竜之介さま」
あれ、どこに行くの?ブツブツ喋ってたのって、王様呼び出してたんじゃないの?ちょっとミルクちゃんが何言っているか分からないぞ。
俺が混乱しているよそで、ミルクちゃんは俺がトリックアートだと思い込んでいる扉を開いた。
「アブノーマル王国へ!!」
え、なにその国。すごく行きたくないんですが。