不思議な終焉
「あっ、秀くん!」
嬉しそうに上ずった声が俺を呼ぶ。
勢い余って出てきてしまった、だって、アカリさんが待ってる人と会えたのが嬉しかった。
自分のことでも何でもないのにおかしいだろ、俺もそう思う。
でも、やっぱり嬉しかった。
「アカリさん…その人、」
「うん。あのね、蓮さんっていうの。やっと会えたんだあ。」
にこにこと嬉しそうなアカリさんの隣で、これまた同じようににこにこと笑顔のその人に目を移す。
古典的な丸いレンズのメガネがやけに似合う、不思議な雰囲気の人だと思った。
「やあ、こんにちは。君が話に聞く千葉秀くんだね。僕がいない間、彼女をずいぶん気にかけてくれたそうじゃないか。何かお礼をしないと。」
「いえ、そんな。むしろ彼女さんに手出したりしてすいませんでした。」
するりと口から出てしまったそれは半分本音だけど半分は社交辞令。
それに気づいているのかいないのか、彼は驚いたように目を丸くしたあとその目を細めて小首を傾げる。
「へえ、手出したの。」
「いや、まだ出してな…いや違っ、違います別にそんなんじゃ、」
何言ってるんだ、俺。
これじゃそういう目的でアカリさんに声をかけたと思われるじゃないか。
最初は少なからずそういう気持ちもあるにはあった、でも、声をかけて話をするようになってからはむしろその願望は薄まっていったと思う。
アカリさんに対する感情をどう表現したらいいのか分からない。
姉のような妹のような、同級生のような、それでいて近所に住んでいるだけの顔見知りみたいな気もして、結局上手い言葉は出てこなかった。
「まあ、別に手を出しても僕は何も文句なんて言わないけど。」
「え、」
何を言い出すんだ、この人。
あっさりと爆弾を投下した彼に驚いて見返すと、その表情は平然としていた。
目が合うとにっこりと笑って、どこかわざとらしく肩をすくめて言ってのける。
「こんなに彼女のことを放っておいて彼氏面なんて出来るわけないじゃないか、もし君とどうにかなることが彼女の選んだことなら、それを否定なんてできないだろ?」
「いや、ええと、そう…そうなんですか?」
「そもそも、彼女とはそんな大っぴらな関係じゃないよ。ねえ?」
アカリさんも呆気なく彼の言葉に頷くから、余計にどうしていいのかが分からない。
じゃあ本気でアピールしちゃいますよ・とか、そんなことを言えばよかったんだろうか。
それはそれで違うと思うし、もし本当にそれを言ったとしても二人が気を悪くするようなことはないと思うけど、俺にはやっぱりそんなこと言えないと思う。
初めて会ったときにアカリさんも言っていた。
まだ彼氏じゃない・って。
そのときから薄々感じていたけど、今こうしてその彼氏候補と会って見て改めて思った。
この二人の関係は、彼氏とか彼女という簡単な言葉で言い表せるようなものじゃない。
もっと別の、何か深いところで繋がり合っているような雰囲気さえ感じる気がした。
なのに不思議と嫌な気持ちはしなかった。
もう少し詳しく知りたいけど、知ってしまったら逆に遠くにいってしまいそうだからこのままここで眺めていたい。
そのくせ同じ空間にいるとちくちくと心臓が痛いから、やっぱり少しは恋をしていたんだろうな。
それに気づいたらなんだかおかしくて少し笑えた。
「秀くん、」
「え?」
反射的に返事をして我に返ると、どこか不思議そうな顔をしたアカリさんと目が合った。
慌てて返事をし直すと彼女はまた笑う。
よく笑う人だ、いつも思うけど。
でも、その笑顔はいつ見ても透明で綺麗だとも思うから、何も悪い気はしなかった。
「あのね、今日ここで蓮さんに会えたから、少しお休みすると思うんだ。だから、もしまた秀くんに会えたら、そのときはお礼をさせてね。」
「はい、え、お礼?」
「うん、お礼。」
何のお礼だろう。
これといって心当たりがないのに何だか申し訳ない。
それにお休みって何だろう。
ここにくること・なのかな、やっぱり。
分かっていたとはいえ、いざ本人の口から言われるとけっこうダメージが大きくてすぐに答えが出てこない。
そうして俺が口ごもる間に滑り込んできた電車のドアが開く。
いつもならぱらぱら人が乗り降りするくらいの今の時間、なぜかたくさんの人が降りてきて慌てて我に返った。
なのに。
「またね。」
「えっ?」
人ごみが全部改札口に吸い込まれていったとき、そこに二人はいなかった。