まるで宝物みたいな
アカリさんとはいろんな話をした。
趣味のことを聞いたときはお見合いみたいと言われて笑われたし、バイトをしてない普段のことを聞かれて答えたら大学生だったんだねとまた笑われた。
けっこうひどいことを言われてる、と、思う。
なのに、あんまり嫌な気がしないのはどうしてなんだろう。
――惚れた弱み・っていうやつなのかな。
いや、だから。
あの人は彼氏を待っている人だから。
そう言い聞かせてはいるけど、それ以前、そんな人に毎日のように会いに言っている時点でひどいのは俺の方なんだろうか。
ひどい・っていうか、人でなし・っていうか。
それというよりは、むしろ。
「ストーカーかな?」
「ですよね、いや、違う。」
心底面白がっているその声はすぐ近くで聞こえて、振り返ると先輩がおかしそうに笑いを堪えながら何食わぬ顔で値札の付け替えをしていた。
ひどいのはどっちだ、思わず焦ったじゃないか。
「千葉ちゃん、最近ずっとあっちの方見てるけど何なの? ほんとにストーカー?」
「だから違いますよ、そんなんじゃないっす。」
「今日は見てなくていいの?」
「違うって言ってるでしょ。」
いつもこうだ。
本人悪気がないのは分かっているけどやっぱり腹が立つ。
「仕事に支障出てないし、別にいいけどね、私は。でもさすがにストーカーはちょっと…」
「いい加減そのネタから離れてもらっていいですかね。」
「怒った?」
「怒りますよ。」
「あはは、ごめんって。」
思ってもないくせに、別にいいけど。
「こないだから千葉ちゃんが気にしてる人だけどさあ、あの人ずっと前からここ通ってるんだよね。いたりいなかったりするけど。」
いきなり確信を突かれて思わず変な声が出た。
「知ってるんですか?」
「知らないわけないじゃん、キミより前からここで働いてんだよ?」
どうして分かったんだ、とか。
考えるまでもなかった。
そうだよな、同じところにいるんだもんな、俺もこの人もあの人も。
でも、何で今になってこの話を引き合いに出すんだろう。
だって、特別この人に何かを言った記憶は欠片もない。
「千葉ちゃんが気にし始めたから私も気になってきちゃったんだよ。別に最初から知ってた訳じゃないし、むしろ千葉ちゃんの方が詳しいでしょ?」
「詳しい…のかどうかは分かんないですが、まあ、それなりに話すくらいには親しくはなったって言うか。」
「えっ、やっぱりストーカーしたの?」
「違います。いい加減にしてくださいよ。」
そのストーカーネタ、違うって言いながら地味にへこむからやめてほしい。
俺の弁解なんてどこ吹く風の先輩は気にすることもなく話の矛先を切り替える。
最後のキャラメルに値札を貼って、ちらりとそのベンチの方を見たのに釣られて俺も視線を向けた。
当然、店の中からじゃはっきりとは見えない。
「あの人、何のためにこんなとこ通ってんのかなあ。」
喉まで出かかったそれを飲み込んでカウンターを出る。
だって、それはアカリさんのプライベートだ。
簡単に人に話しちゃいけないことだ。
そんなもっともらしい理由より先にきたのはある種の独占欲だ。
俺が、俺だけが知ってるアカリさんの秘密。
まるで宝物みたいだ。
この宝物は、なくしたくないと思う。
「――…あ、」
ああ、でも。
違うな、これは宝物じゃない。
だってアカリさんは最初から俺のものじゃないし、永遠にそうなることはあり得ない。
それが寂しいとは思わない、悔しいとも思わなかった。
それなのにどうして自分がこんなにあの人に執着して気にしてるのか、もっともらしい理由は未だに思い付かないけど。
でも。
「わあ、あの人が誰かと話してるとこ初めて見た。誰あれ、すごいかっこいい。」
ただ、見る度にどこか飛んでいってしまいそうな雰囲気のあの人が。
ふとした瞬間遠くを見て物思いに耽るアカリさんが。
もっとちゃんと、心から笑うところを見たかったのかもしれない。
いや、見たかったんだ。