気まぐれぐるぐる
翌日、出勤したついでにそのベンチの方を見るとその人はいなかった。
彼氏になる予定の人と会えたんだろうか。
だから来なくなったっていうのが理由としては一番自然に思えるのに、どことなく違和感があってすんなり認められない。
だって、一年も待って来なかったのに?
ここにきて突然来るなんて、そんな虫のいい話があるか、絶対嘘だ。
ああ、いや。
俺にとっては突然でも、あの人にとっては何も突然じゃないのかも。
一年も経てば、確かにそろそろ来てもおかしくはない、かも、しれない。
あんまり考えたくないけど。
でももし、俺が話しかけたから来なくなったんだったらどうしよう。
そんなのあるはずないのに、真相が分からないから悩みだけが余計大きくなる。
俺はいつからこうまで心配性になったんだ。
顔を上げても、そこにはあの人と似ても似つかないオッサンしかいない。
「誰か探してるの?」
「うわっ、」
「カノジョ?」
突然至近距離から声がして飛び上がる。
振り返ると何かを言いたげなにやけ顔の先輩がそこにいた。
「違いますよ、そんなんじゃないっす。」
「ふうん? それにしてはやけに落ち込んでるじゃん。」
「落ち込んでない。」
「ふうん。」
意味ありげに頷く横顔を追いかける。
それなりに利用客の多い駅のホームの中の売店だ、毎日それなりに忙しい。
レジ打ち、品出し、在庫の確認。
終わる気配が微塵もない仕事の山を片付けながらずっと昨日のことを考えていた。
あの人、もう来ないのかな。
俺が悩む要素なんてどこにもないことくらい数十分前に気づいていたけど、モヤモヤした気持ちは消えないまま終業時間になっていた。
苦し紛れに視線を流したベンチは、数分前に見たときとはまた別の人が座っていた。
「千葉ちゃん、明日は休みだっけ?」
そんな俺の気持ちなんてどこ吹く風の先輩が、容赦なく俺を現実に引き戻す。
「はい、明日からテストなんで。」
「りょうかーい。バイト休み取ってまで勉強してんだから、いい点取りなよ?」
「う、うい。善処します。」
そうしたまえよ、とか。
あんたは一体何様なんだ、一つか二つしか違わないのに。
けれどこの人の無邪気さの残る不遜な態度には不思議と嫌味なところを感じなかった。
垢抜けてる・っていうのはこういう人のことを言うんだろうか。
器用ができないこの先輩は忙しければ忙しいほど嫌な顔をするし、雰囲気だけで仕事を拒んだりするくせにその全部を引き受けて自分で片付ける。
そう考えるとけっこうすごい人だな、あの人。
俺と一つか二つしか違わないのに。
明日と、明後日。
とんで明々後日とその次。
だから次にあのホームに行くのは来週だ、別に行きたければ今すぐにだって行けるけど。
そうまでして会いたいって訳じゃない、たぶん。
だって、未だに何でこんなに気になってるのか自分でも分からないくらいだ。
屋根のあるホームで日傘を差しているのが珍しいからか。
それはある。
一日中ずっと同じ場所から動かないからか。
そうだな。
何日も連続で見ていたと思ったらふいにいなくなったからか。
そうかもしれない。
その原因が俺にあるかもしれないからか。
これだ。
これが一番大きいと思う。
明日、テスト終わったら見に行こうか。
ホームには入らない、入る必要はないんだ、脇道で背伸びすれば見えるから。
あの人がいてもいなくても、何が変わる訳じゃない。
変わるとすれば俺の心持ちかな、それが少し吹っ切れる。
あの人が、もし。
いてくれたらだけど。