はじめましてのごあいさつ
2番線のホームで日も当たらないのに日傘を差してベンチに座っている女の人。
昨日も一昨日もいたし今日もいる。
誰と比べてるつもりはないけど何となく気になってずっと見ていた。
仕事の合間とか、休憩時間はスマホをいじりながら横目の端に入れていたけど、とうとう俺の仕事が終わるまでその人はそこから動かなかった。
「誰かを待ってるんですか?」
「え、」
ほんの出来心だった。
気になり始めてから声をかけるまで軽く一週間、正直今でもどうして自分がこんな暴挙に出たのか分からない。
当然のようにその人は俺を見て驚いたように目を見開いたけど、そのあとでどういう訳か嬉しそうな顔をして微笑んだ。
…嬉しそう?
多分、嬉しそう。
「うん、人を。」
「彼氏さん…ですか?」
「ううん、そんな関係じゃないんだけどね。まだ。」
「まだ?」
「うん。」
すごくぶしつけなことを聞いてしまったと慌てて口をつぐむ。
その人は聞いたこと以上のことは言わなかったけど、かといって嫌な顔をすることもなく足のつま先を揺らしていた。
かわいい人だと純粋に思った。
「座る?」
「へ、」
「座って。まだ話すでしょう?」
「は、はい。失礼します。」
思わず返事をして頷いてしまった。
頷いてどうするんだ。
その人の日傘は決して小さいとは言えなかったし、まあ、もちろんそれ以上の意味なんて俺にはなかったけど。
一瞬より長く悩んで結局一つ分を空けてそこに収まる。
一方的に気になっていただけの赤の他人だ、しかも、これがファーストコンタクトだ。
もう少し警戒心を持ってくれたっていいだろうに、この人は何を考えてそこにいるんだろう。
「そこの売店の人ね。」
「え? あ、はい。」
「いつも夕方からいるの、見てたよ。」
「一応学生なんで、ってか、俺のこと知ってたんですか?」
「うん。働き始めた時から知ってる。」
一方的だとばかり思っていた矢印は図らずもそうではなかったらしい。
こんな美人に顔を覚えられてたなんて俺も案外いけるんじゃないか、もう少し押しにかかれば何とかなるんじゃ。
そこまで考えて我に返る。
この人は彼氏になる予定の人を待つためにここにいるんだぞ。
俺のことなんて最初から勘定には入ってない。
「えっ…と。でも俺ここに入ったのってけっこう前っすけど、その前からここ通ってたってことですか?」
「うん、もうそろそろ一年になるかな。」
「そんな前から?」
「うん。」
何で。
止める前に落ちてしまった問いかけにさえ、この人の雰囲気は崩れずに柔らかいまま。
「待ちたいからかなあ。」
のんびりと間延びした答えは線路の向こう側に流れていく。
今日は暖かい陽気の日だった。