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彼女は絶望に顔を歪めたあいつらの、無様に地を這う姿が見たい  作者: 楠瑞稀
彼女のはなし

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5 彼女は振り返り、得られた成果に満足する



 私は袖から指先を入れ、自分の皮膚に触れる。どうやら鳥肌は立っていないようだ。

 もっともここで自分の正直な感情を露わにするようなら、私もそこまでの人間だったということだろう。


 割れた茶器の破片を避けて、私は今まで自分が腰かけていた向かいの椅子に座りなおす。

 あらかじめ人払いをしていたので、使用人が帰ってくるまでまだ半刻程かかる。戻ってきたらお茶を入れなおしてもらう前に、破片を片して貰わないといけない。


 私は肘をつきこめかみに指先を当てると、眉間にしわを寄せた。

 やはりあの女のことは、どうしたって好きになれそうにない。


 どういう神経をしていたら、振られた直後に、振った人間の目の前で、恋敵たる想われ人が、これからも友達でいようとなどといけしゃあしゃあと言えるのか。

 しかも断ったらやはり害意があるのかと疑われるから、返せる答えは一つしかないじゃないか。


 嫌いな点を数え上げたらキリがないが、それでもあの無神経なところは気に障って仕方がない。

 惚れた腫れたの微笑ましいやり取りに関しては、そっちで好きにやってくれと思わないではないけれど。




 実際のところ、この国の第二王子たるヴィルヘルム殿下に私が惚れているという事実はない。

 だからと言って、ハリステッド・ジャベリンと共犯関係にあったなんて話も一切存在しない。ハリステッドは一方的に、自らの意思で、私を利用していただけだ。



 アイリス・ミラルディアにせせこましい嫌がらせを繰り返していた黒幕が、ハリステッド・ジャベリンであることに私はかなり早い段階で気が付いていた。

 当然ながら御親切にアイリスに教えてやる義理もない訳で、私は自分に火の粉が降りかからないようにだけ気を付けながら、なかなか楽しく傍観をさせてもらっていた。


 だから、自分でも忘れかけていた設定をどこからか探り出したハリステッドが、私を利用しようと策略を練り始めた時にはなかなか驚いたものだ。

 そう言えばいつだったか、女子生徒同士で話を合わせるために、ヴィルヘルム殿下に惚れているということにしたっけかなと、そこでようやく思い出す。

 この学園の女子に石を投げれば、七割方の確率でヴィルヘルム殿下かテオドール・ヨゼフかルーカス・アマッツィアかエミール・クレッシェンに惚れている人間に当たるので、妥当な線を狙って口にしたことだ。


 やがて自分の周りに着々とハリステッド・ジャベリンの謀略の糸が張り巡らされ始めたのを見た時、私はそれに乗ってやろうと決めた。

 かといって、ハリステッドに進んで協力したわけではない。

 ただ普通の女子ならば掛かるであろう罠に自然に掛かり、相手の意図に合わせてくるくると踊ってやっただけだ。私に致命的な失策を犯させるような企みだけは避けたものの、基本的にそこに私の意思はない。

 もちろん、それによってアイリス・ミラルディアが少しでも苦しめば儲け物だとは思っていたが、鈍感なあの女には多少の嫌がらせは意味をなさないと分かっていたし、実際何の障害にもなっていなかった。


 

 ハリステッド・ジャベリンが私に直接働きかけた挙句、誘拐と言う大勝負に出た時には、果たしてどうなるかと注視していたが、大凡の予想を外れずあっさりと事態は露見してしまった。

 もう少し頑張れよと思わないでもなかったが、所詮はその程度の人間だったということだろう。欲をかき、事を急いて良いことはない。

 それでも彼のお蔭で、こちらにはそれなりの収穫があった。


 一つは、ヴィルヘルム殿下以下将来この国の中枢を担う若者たちの、個人的な人脈と伝手。

 緊急事態とはいえ、ただでさえ時間も人手も足りない建国記念祭の時期だ。正規の手段では間に合わず、迅速さを求める彼らは個人的な人脈を最大限に利用することになった。

 特に城下街との繋がりは、貴族社会に籍を置く私には把握しづらい方面であった為、かなり貴重な情報元になった。


 もう一つは、殿下たちの私に対する感情。

 予め私を怪しく感じるよう少々彼らに対する印象を操作していた為、思惑通りヴィルヘルム殿下たちは、些細な証拠の裏を取ることなくこちらに向かって突進してきた。

 アイリス・ミラルディアが一番の友人だと公言している相手だからこそ激昂し、早急に動かないといけないと考えたのだろう。ご苦労なことである。


 だが、詳しく調べれば調べるほど、私が関与していた証拠は出てこないに違いない。

 当然だ。

 私はただ踊っていただけ。演出家の意図の通り、そこから一歩もはみ出すことなく、愚かな操り人形を演じていただけだ。

 しかも実際に糸が付いていたのだから、人形が自分の意思で動いていたのか、それとも操られていたのか判断できる者はいない。

 どちらにせよ、ハリステッドと私が共犯であった事実はどこにもないし、彼にもそのつもりは欠片もなかっただろう。

 私を利用していたハリステッド・ジャベリンを、便乗した私がほんの少し利用させてもらっていたという、それだけの関係なのだから。


 ヴィルヘルム殿下一行が先ほど私にしたことは、傍から見れば明らかにやりすぎだった。

 本当はもう少し事を大きくしたかったのだが、宰相子息であるエミール・クレッシェンが予想以上に冷静だったのが残念だ。

 だがそれでも、責任ある立場の彼らが一度でも感情のまま動いてしまったことは、私に対する彼らの負い目になった。

 これまでアイリス・ミラルディアにくっついていた邪魔者でしかなかった私に、意味が生じたのだ。

 別に邪魔者と思われていても私の方は一向に構わないのだけれど、高位貴族であり王族である彼らが抱いたそんな感情は、私の重要な武器になる。ならばせっかくなので、存分に利用させてもらう事にしたわけである。



 今回の収穫としては、これくらいで十分だろう。

 そんなことを考えていると、何の前触れもなく扉が叩かれたので、私はぎょっとする。動揺を押し隠し誰何すると、相手は宰相の息子エミール・クレッシェンだった。


「休む時間をと言った私が申し訳ないのですが、カフス釦を落としてしまったようで」


 言われて床を見ると、確かに何かが光を反射していた。拾い上げると、青玉石のカフス釦だった。


「こちらで間違いございませんでしょうか?」


 扉を開けて差し出すと、エミール・クレッシェンは笑って一つ頷いた。


「ええ、これです。お手数をかけてしまって、すみません」

「いいえ。エミール様には庇っていただきましたから」


 私は儚げに見えるように笑みを浮かべる。これで話は終わりだと思ったが、どういう訳かエミール・クレッシェンは扉を離れようとはしなかった。

 なにか、と問おうとしたがその前に彼は口を開く。


「涙は止まりましたか?」

「え、ええ……」

「それは良かった」


 エミール・クレッシェンはそう言うと、とんと私の肩を押した。

 強い力で押された訳でもないのに、私は一歩二歩と後ずさり、その隙に彼は素早く部屋に入って扉を閉めてしまった。




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