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2 彼女は高望みをし、頭を抱える



 情報経路の保守保全は、私の野望の為には欠かせない重要な要素であるけれど、ありていに言えば雑務だ。必ずしも私自身が行わなくてはいけない作業ではない。

 むしろこの先どんどん糸を広げていくことを考えると、それらの仕事は他の人間に任せてしまいたい。


 かと言って、滅多な人間に任せることはできないのが悩みどころだ。

 何か事が起きた時に、糸を遡って私の元に辿り着かれてしまうことだけは、断固避けねばならない。

 それに一から十まで私が指示しなければ動けないようでは、わざわざその人間に仕事を任せる意味はないし、その一方で下手に独断で動かれてしまっても困る。



 ああどこかに、こちらの望みを察して動ける程度に頭がよく、かつ無駄に出しゃばらず、万が一尻尾を掴まれることがあったら、こちらに手が及ぶ前に己ごと糸を切り離せるくらいに優秀な手駒が落ちていないものか。



 私は疲労で引きつる眉間に指先を押し付けると、小さくため息をついた。






「お嬢様、如何なされましたか?」


 振り返ると、お使いから戻ってきたばかりの侍女の一人が心配そうにこちらを伺っていた。

 私は困ったような笑みを浮かべて、小首を傾げる。


「この間の茶会に招待して下さったエリクソン夫人にお礼のお手紙を書いていたんですけど、上手く文章が思いつかなくって」

「あまり根を詰めるのは、よろしくありませんわ。お茶を入れますので少しご休憩をなさっては?」

「ええ、そうするわ。お願い」


 提案を受け入れると、侍女はぱたぱたとお茶の準備に向かう。

 現在私は暮らしているのは学院の寮だけれど、もちろん世話をしてくれる侍女はいる。学院に頼んで斡旋してもらうこともできるけれど、今いるのはグイシェント子爵家から派遣された侍女たちだ。


「次の夜会に着るドレスを仕立て屋から受け取ってまいりましたので、衣装棚にしまっておきました」

「御苦労さま。新しいドレスの注文もして来てくれたかしら?」

「はい。ですが……このところ少し、ドレスに掛ける費用が嵩んでいませんか?」


 お茶を入れながら頼んだ仕事の報告をしてくる侍女を労うと、彼女は心配そうに現状を確認してくる。

 確かに今月は服飾費が予算の大半を締めてる。本宅の方から、確認するように言われたかな。


「そうかしら。でもそろそろ社交の時期だもの。それに、あの仕立て屋を少し贔屓にしようと思っているの」

「左様ですか……?」

「今は筆頭から外れてるけど、一応王室御用達だし、仕事も丁寧だから気に入ってるのよ」


 そう言ってもあまり納得していなそうな彼女に理由を尋ねると、生地があまり上等ではないと遠慮がちに答えてきた。なかなか良く見てるじゃない。


「差し出がましいとは存じますが、新しく作るドレスを減らして、去年のドレスの仕立て直しを頼んでみては如何でしょう?」

「あら、いい考えね。去年のドレスならそこまで大きく流行から外れている訳じゃないし、確かむ……肩のあたりが窮屈になって着られなくなったものもあったしね」


 私は彼女の提案を受け入れる。


「宜しければ、衣装棚からいくつか候補を選んでおきます」

「お願いするわ。そうそう貴女、名前はなんて言ったかしら」

「シアと申しますわ、お嬢様」


 なかなか有能な侍女である。顔立ちも整っているし、動きもきびきびしている。ちゃんとした紹介状さえあれば、王城でも務められるだろう。

 深々と頭を下げて部屋を辞そうとするシアの背に、私は声を掛けた。


「そうそう、エリクソン夫人へのお手紙と一緒に出してあげるから、家族への手紙があったら渡してちょうだい」

「ありがとうございます。ちょうど出そうとしたためていたものがありまして」

「いつも通り、一度中身を改めさせて貰うけどいいかしら?」


 彼女のように遠方に家族がいる場合もあるので、使用人の手紙はこちらでまとめて出してあげるようにしている。

 郵送費用も私の方で持つが、その代わり、手紙の中身は検閲させてもらっている。ここもまた本家の屋敷に準じているため、中で見聞きしたことを外部に漏らされないようにするためだ。


「気が咎めるけれど、本家からの指示なの。ごめんなさいね」

「いえ、読まれて困ることは書いていませんから」


 後でお持ちします、と答える彼女に私は笑みを向けた。






 今回の夜会は、とある貴族の領地内事業の何十周年だかを記念した、名目にはあまり意味のないただ権勢を示す為の催しだった。

 大きな屋敷一つをまるまる会場として利用し、テーブルの上には西は甘みの強いベツェル産の葡萄酒が、東は酸味と辛みが特徴的な旧夜琅風の郷土料理など、各国の珍しい特産品や名物料理が並び、気合の入り具合が見て取れる。

 参加者の層も広く、上位貴族から下位貴族まで派閥の区別なく招待されていた。

 まあ、それだけなら良くある集まりなのだけれど、私にとってはかなり頭の痛い問題がひとつあった。


「ああっ、シャーリン。今日の貴女とっても可愛いわ!」


 そんな頭の悪い台詞を吐きながら私を強く抱きしめたのは、『友人』であるミラルディア侯爵家令嬢のアイリスだった。

 私はドレスが皺になることを忌々しく思いながらも、照れたように頬を赤く染め、弱弱しい声で挨拶をした。


「ご、御機嫌よう、アイリス……」

「アイリス、それではシャーリンが潰れてしまう」

「グイシェント嬢、その着こなしは正直如何なものかな」


 遠慮なく私を抱き潰すアイリスを慌てて窘めたのは彼女の取り巻きその一である、テオドール・ヨゼフ。呆れたような目で駄目出しをしてくるのが、取り巻きその二のルーカス・アマッツィアだ。


 先日の、アイリス誘拐事件に付随する冤罪事件以降、テオドールはアイリスに次ぐ庇護対象として、ルーカスは苛めてからかうと楽しい玩具として私を認識していた。まあ、そう誘導したのは私なんだけど。

 それ以来、彼らは私に対して気安く接してくる。


 ちなみに、今日の私の装いは贔屓の仕立て屋で作った緑……ではなく薄紅色のドレスである。

 色は瞳に合わせ仕立ても上品だけれど、生地の質の悪さと同色で作った大きなリボンの髪飾りのせいで、どこか安っぽく見えるよう印象を操作してある。ただでさえ悪目立ちする面子に囲まれてしまっているため、余計な反感を買わないようにする一工夫だ。


 ちなみにアイリスは喉元までぴっちり覆われた、夜会用ケープと一体化したような型破りのドレスを着ていた。ここ数年流行の鎖骨や胸元を露出する型とは真逆を行っている。

 似合わないとは言わないが、相変わらず素っ頓狂な感性だ。どこの工房に仕立てさせたんだか。


 今日も今日とてアイリスは、歯の浮くようなルーカスの美辞麗句や、朴訥としたテオドールの褒め言葉を、難聴気味の無関心さで受け流していたが、ふと思い出したように二人に尋ねた。


「そう言えば、ヴィルとエミールは今日はいないの?」


 宰相子息であるエミール・クレッシェンは何かと多忙であるようで、彼らとともにいないこともしばしばある。だが、ヴィルは大抵は幼馴染であるルーカス、テオドールの二人と一緒にいるのだ。


「エミールは今日は遅れて来るらしい。ヴィルは残念なことに不参加だ」

「珍しくアイリスが出席すると聞いて、地団駄を踏んで悔しがっていたよ」


 標準的な夜会服にも関わらず、無駄な色気をだだ漏らしにしているルーカスが、くつくつと思い出し笑いをする。

 今日の夜会は、階級や派閥の区別なく呼ばれてはいるものの、限度がある。第二王子とは言え王族が参加できるほど、格式の高いものではないのだ。


「それにしても、アイリスがこうした夜会に出るなんて、本当に珍しい」


 騎士の正装のみならず、意外とこうした格好も似あうガタイの良いテオドールが、しみじみとアイリスを見た。もっともその目は、思いがけない喜びに興奮し、輝いている。尻尾があればきっと犬のように振っていた事だろう。

 確かに普段のアイリスは、夜会や茶会の席に姿を見せることは滅多にない。必要最低限のものに限って、家からの命令でしぶしぶ参加するくらいだ。それもかなり甘やかされていると思うが。

 それが今回に限り、果たしてどういった気の変わりようなのか。


「ほら、少し前に王城の舞踏会に出たでしょう?」


 アイリスはぴんと人差指を立てて、小首を傾げる。

 ひと月ほど前に開催された王妃主催の王城の舞踏会は、王都近郊にいる主だった貴族に招待状がだされた。

 強制力のある物ではないけれど、国が行う催しだ。むろん、社交嫌いのアイリスも侯爵の命で強制的に参加させられていた。


「そこでできた友達がね、今日の夜会にも来るって話していたの」

「えっ」


 テオドールとルーカスの声が重なる。

 片方は驚いたように目を幼げに見張り、片方はにこやかな笑みを浮かべているものの、どちらのそれにも嫉妬の影がチラついている。

 アイリスの奔放な態度に寛容であるように見せかけて、存外彼らは心が狭い。なかなか愉快だ。

 

「そ、それはどういった友達で……」


 おろおろと尋ねるテオドールに、アイリスは無邪気な笑みを向けた。


「うん、そろそろ来る頃だとは思うんだけどー―」


 と、そう言いかけたところでアイリスが突如駆けだした。

 呆気にとられる私を後目に、まずは瞬発力に秀でたテオドールが、追ってルーカスも走り出す。

 だから毎度毎度、前触れもなく突発的に行動に移るのは勘弁してほしいのだけれど。

 私は心の底からげんなりしつつ、ゆっくりと彼らの後を追うのだった。




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