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1 彼女は責められ、偽りの涙を流す



 ドタバタと喧しい複数の足音が、この部屋を目指して近付いて来る。

 ああ、やはりね――と、私は僅かに目を伏せた。

 一切の遠慮もなく乱暴に扉が蹴り開けられる。


「そこまでだ、シャーリン・グイシェント! お前の共犯者であるハリステッド・ジャベリンは捕縛されたぞ。お前も大人しく罪を認めろ!」


 私は手にしていたカップを床に落とす。薄い陶磁器は、繊細な楽器のように澄んだ音を立てて砕け散った。

 私は蒼褪めた顔色で、寮の自室に押し入って来た三人の男たちを交互に見る。紅水晶の瞳は、きっと不安に揺れて見えただろう。


「あ、あの……何を――、」

「しらばっくれるな!」


 向かって左手にいた、焦げ茶色の髪に精悍な顔立ちの男が、激昂の表情を隠そうともせず怒鳴りつけた。

 私はか細く尋ねた声を呑み込んで、びくりと身体を震わす。そのまま小動物のように細かく身体を震わせながら、怯えた目を三人の闖入者に向けた。


「でも、ほんと……分からなくて……、」


 はっ、と嘲るように鼻で笑ったのは、右端に立つ女性のように美しい顔をした男だった。彼は自身の艶やかに長い赤い髪を指に絡めながら、こちらを見下す。


「さすがに芸達者だね。その演技で、何人の男を手玉に取り駒にしたのか教えてよ」

「あの、意味が……」

「ふざけるな!」


 最後に怒鳴ったのは、中央に立つ金髪の男だった。高貴な顔立ちに、凛々しい表情。普段は優しげなその顔は、正義感と愛しい者を傷つけられた怒りで険しく歪められている。

 私は怒鳴り声に滲んだ涙を、ほろほろと零しながら首を振る。


「ごめ……なさ……、違う……で――、」

「泣き落としは通用しないよ。証拠はすでに上がっているんだ」


 私の涙に僅かでも動揺を見せたのは、最初に怒りを見せた左端の男だけ。残りの一人は義憤に駆られたまま、もう一人は冷ややかな笑みを見せる。

 しかし私は、ぐずぐずと泣いたまま首を振った。一方頭の片隅からは、冷静に時間を数えはじめる声がする。


 ……10……9……8……


「泣いていないで、言い訳でもなんでも言ってみろ!」


 もっとも言葉とは裏腹に、怒りに満ちたその声は、釈明など聞く耳も持たないことを雄弁に語っている。


 ……7……6……5……


「ごめ……、ご……なさ……」

「いい加減にしろ、この毒婦!」


 中央の男が私の襟首を掴み持ち上げる。私は暴力的なその行動に、息を飲み凍り付いたように身を強ばらせる。

 一瞬生じた静けさの中で、ぱたぱたと先ほどよりは軽い足音が、この部屋に向かって来る音が聞こえた。時間は予測どおり。


 ……4……3……2……


「待って、やめて!」


 いち、と数えた直後、慌てたように部屋に飛び込んで来たのは、一人の少女だった。目を見張るような美少女ではないけれど、明るく陰りのない顔付は見る者の好感を引き寄せてやまない。

 彼女に続けて入って来たのは、黒髪に涼しげな眼差しの優男だ。彼は呆れたような眼差しを部屋の中に向ける。


 金髪男が手を離した事で床に膝をぶつけた私は、そのままよろよろと少女の方に近寄る。

 黒髪の男が警戒するように私の前に立ちはだかろうとするが、その前に私は力尽きたように床に崩れ落ちる。そして、そのままさめざめと泣きはじめた。


「ごめ……、ご……なさ……アイリス…、あたくし、こんな事になるなんて……思って、な……」


 ぽろぽろと大粒の涙を止めどなく流しながら謝り続ける私に、少女――アイリスはそっと肩に触れて、顔を上げさせる。


「こちらこそ、怖い思いをさせてごめんね」

「アイリス……」


 戸惑ったように名を呼んだのは、私ではなく最初に部屋に飛び込んで来た三人の男の中心、金髪男だ。アイリスは男にきっと厳しい眼差しを向ける。


「寄ってたかって、一人の女の子に何をするの!」

「いや、だが……そいつは――、」


 言いつのる金髪男に、アイリスはきっぱりと宣言する。


「シャーリンは、わたしの友達よ!」


 そして慰めでもするように、優しい声で私に尋ねる。


「シャーリンに、悪気はなかったのよね」


 私は小さく顎を引いて、再びポロポロと涙を零し出す。


 ええ、ええ。

 悪気なんて、――あったに決まってるじゃない!


 私は胸の内で、盛大に毒づいた。





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