これから憎まれる英雄
白く細い指が、男の傷口に触れる。
「あなた」
目を腫らして彼を見つめる壮年の女は、つぶやくように言った。男は何も言わず、ただその手をそっと退けた。この書斎から逃げるように、軍帽を右手で正して扉へ向かった。
「結末は目に見えているわ」
女が叫ぶ。縋るように。涙に涸れた声で。
男の後ろ姿は静かに頷いた。わかっている、と。
「私でなければ、誰がこの国を救うのだ」
男はドアノブに手を掛けた。
「民衆の欲望には終わりが無いのよ!」
それでも縋った。
「今は救国の英雄、貧しい民衆の命を守ったメシアよ。でも彼らの目は、やがて、変わる。わかっているでしょう? それなのに、それなのに……!」
「もういい」
男は、ただ、優しく言った。
「それで十分だよ」
そして、扉を開いた。