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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

××な誰かさんの話

××な彼女と王様だった俺たち

作者: しきみ彰

「神木様!」

「神木様、おはようございます!」

「あ、カバンお持ちしますよっ」


 俺、神木修輔は日夜、媚びへつらう生徒たちから奉仕を受けていた。

 廊下を歩けば歓声を浴び。

 口を開けばおだてられる。

 命令しなくとも周りの取り巻きが指示を出し、靴を磨いて足元に置く。

 今日も今日とて、俺は王様だった。

 王様と言うのは比喩でなく、この学校に伝わる『王様制度』のことだ。王様である成績最優秀者の命令は絶対だ。まぁ俺は昔から、こんな待遇しか受けたことはないけどな?

 そんな中見つけたオモチャは、いかにもな暗さを持つ最下位の女。

 ちょっと優しくしてやれば、女は直ぐに俺に心を許した。


「京香!」


 今日も女は、俺の取り巻きたちからのいじめを受けている。粗方のいじめが終わると、取り巻きは罵倒を残して去って行った。

 それを愉快な気持ちで観察してから、俺は無様に地面に座り込む女に向けて声をかけた。


「……修輔センパイ」


 女、宇井京香の顔が、安堵と痛みで引きつる。

 素晴らしく愉快な女だった。この俺がわざと近づいているのにもかかわらず、女はやっと見つけた味方にすがりつく。

 その様の、なんと愚かなことか。

 いや、そもそも頭が悪いから、今いじめられているんだったな。俺の考えなど、分かるはずもないだろう。

 女は、ゴミ屑以下の存在としてこの学校で扱われていた。そもそも馬鹿が、この学校に入ること自体がおかしいのだ。存在意義を見つけられただけ、感謝して欲しいくらいだな。

 馬鹿じゃくしゃ天才きょうしゃに見下されて当然だ。そして俺たち強者が社会のトップに立ち、裏で馬鹿どもを操るのだから。

 この女も所詮、その歯車のひとつでしかない。

 それなのに、なんと、愚かなことなのだろうか。


「京香、大丈夫か? あいつら……京香の綺麗な足に、なんてことをして」

「大丈夫です、センパイ。今日はそんなに、痛いことはないです」


 少し演技をしてやれば、女はころりと落ちた。楽しめないにもほどがある。

 汚いと思いながらも手を差し出せば、柔らかい感触が伝わった。

 そうだ、こいつは、俺のことだけを見ていればいいのだ。

 そのために、取り巻きたちにもっといじめさせよう。向こうとしても、いいストレス発散になるだろうしな。

 俺はほくそ笑みながら、女と手を繋いで帰宅した。



 ***



 だからこそ、数日後、驚いた。


「神木様……これ……!!」

「なんだよ」


 珍しく、宇井京香が学校を休んだ。

 機嫌が悪い中見たのは、世界でも有名な動画投稿サイトだ。

 そこに、宇井京香がいた。


『わたし、宇井京香は、陰湿ないじめを受けています。しかもそれは、学校の公認の上です。この学校は、歪んでいます!』


 宇井京香は部屋の真ん中に紐を垂らし、椅子に座って泣き叫ぶ。

 おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。こんなことになるはずじゃなかったのに、何故だ?

 そして、映像が切り替わる。

 次の瞬間現れたのは、宇井京香が受けた数々のいじめの現場だ。

 廊下では足を引っ掛けられて転ばされ、トイレに入れば頭から水をかぶせられる。教室に入れば消しゴムやチョークを投げられ、体育の授業では狙い撃ちにされていた。

 どこで撮ったのだろう。いや、そもそも、彼女は何故こんなものを撮っていたのだ。

 俺が優しくしていただろう?

 お前みたいな小心者が、こんな大それたことできるわけないだろう?

 なのに、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。



 何故、裏切ったのだ。



『これが、今までわたしが受けてきたいじめの実態です』

『こんな学校があって良いわけがない。その上ここは、名門校です! こんな人たちがいるから、社会は泥沼に沈んでいるんですっ!』


 彼女は泣きながら、首を吊るために椅子の上に立つ。


『この映像は、わたしが死んだ後、お父さんが動画サイトと各新聞社に送ってくれます。そう書き置きをしました』


 そして軽く、足元の椅子を押した。


『さようなら』


 最後のその言葉は、誰に向けて発した叫びだったのだろう。




 ***



 今日も家に、新聞記者が殺到している。

 学校は廃校となった。今まで意気揚々と過ごしていた生活は一変、泥水をすするような生活になったのだ。

 両親も兄弟も、迷うことなく俺を責めた。お前のせいだと、お前がうまくやらなかったせいだと罵倒した。暴力も振るわれた。俺はこのとき初めて、彼女の気持ちを知ったのだ。

 痛い、辛い、怖い。

 何故、何故、何故、と。

 何故自分がこんなにも、理不尽な目に合わなくてはならないのだと。

 彼女は涙を流しながら叫んでいた。

 その結果が、これだ。

 なら俺も、彼女と同じ死に方で死のう。

 そう思った。

 だから彼女がやっていたように、丈夫そうな紐を天井にくくりつけて椅子の上に立つ。

 ああ、なるほど。死ぬと言うのは、こんな気持ちになるわけか。

 輪っかに首をかければ、不可思議で奇妙な心地に襲われた。これから死ぬと言うのに、変な感じだ。

 そこで、気付いた。


『さようなら』


 あの日彼女が吐き出した言葉は、世界に向けて送った言葉なのだと。

 自分を見捨てた人間たちに送ったものなのだと。

 今更気付いたところで、どうなるのだろうか。


「……笑えるな」


 ほんと、笑える。

 今まで積み上げてきた罪の石。

 その上に立っていた俺たち強者は、当たり前のように転がり落ちた。この世に神がいると言うのなら、これこそ天罰だろう。

 だからこそ、落ちた後はこんなにも弱いのだ。


「……さようなら、京香」


 そうぼやき、俺は椅子を蹴った。



 ***



「何言ってるの、あなた。本物の強者は、誰かを踏み潰すことなんてしないのよ?」

「……え?」


 そこは、真っ白な世界だった。

 ただゆらゆらと、彼岸花が咲いている。血のような色をした、彼岸花だ。

 その先で佇む女は、間違いなく宇井京香だ。

 しかし、雰囲気が違う。

 眼鏡はないし、髪もおさげではなかった。それをなくしただけで、彼女は壮絶なまでの美しさを所有していた。


「ねぇ、聞こえている? 馬鹿で愚かで間抜けな人間」


 狂ったように笑い歌う彼女は、悪魔のようだった。

 いや、悪夢というべきかもしれない。

 悪魔よりもなお深く人に根付き、じわじわと真綿を締め付けるかのように首を絞めてゆく。

 呼吸ができなくなった頃には、もう何もかもが終わっているのだ。ならば彼女はまさしく、悪夢と呼ぶ存在だろう。


「……ほんと、笑える馬鹿ね、あなた」

「……はは。そうだな……」

「あら、喋れたのね、クズ」


 妖しく笑う彼女は、ちろりと赤い舌を見せて罵倒する。しかしそれは、どの人間から吐き出された言葉よりも甘く鋭く胸を突いた。

 彼女はくるくると回りながら、俺の周りを散歩する。


「そんな可哀想な間抜け野郎に教えてあげるわ」

「……ああ」

「あなた、頭の悪い人と勘の悪い人、一緒にしちゃってるんだもの。ダメよ? それらは決して、イコールの関係にないから」


 つまりそれは彼女が、俺の行い全てを気付いていたと言うことだろうか。


「ええ、そのとおり。わたしを弱者と間違えた人間さん」


 どうやら彼女には、全てお見通しらしい。

 普段なら気持ち悪いと思うそれは、ぬるい心地良さに満ちていた。不思議だ。死にかけているからなのだろうか。


「だからこそ、わたしはあなたに言ってあげる」


 彼女はそうぼやき、俺の顔を下から覗き込んだ。

 どきりと、胸が高鳴る。


「ご愁傷様、クズ人間」


 くつりと、彼女の喉が鳴った。イケナイコトをしている笑みだった。


「あなたはこれから、死んでしまいまーす。行き先は、死ぬよりもつらーい煉獄の淵。我らの母が住む、異形の地よ。オメデトウ」

「……そこへ行ったら、俺はどうなる?」


 思わず口を開いたのは、彼女が離れて行きそうだと思ったからだ。すると彼女は上目遣いで俺のことを見る。気持ち悪い虫を見るような、そんな目だった。


「さぁ。魔物になるかするんじゃない? わたしはあの方のために、クズな人間を排除しているだけだから」


 クズな人間と言うのは間違いなく、あの学校にいた全員を指しているのだろう。

 全てを理解した上で黙認した理事長。

 止めようとしなかった教師たち。

 嬉々としていじめを始めた生徒たち。

 そして、王様であった俺。

 嗚呼、確かにクズの集まりだ。今更気付いたところで、俺は死ぬんだが。

 それより気になるのは、彼女が先ほどから言っているあり得ない生物たちの名前だろう。


「死んだ人間は、魔物か魔族になるのか」

「三通りいるわ。一つ目は天使や神、魔族になる人間。二つ目はまた人間をやる人間。三つ目は、魔物に堕落する人間」


 彼女は律儀に答えた。しかし目だけは、恐ろしく冷たい。


「罪を繰り返す者に、我らの母は容赦しない。次も人間として生きられたらいいわね、頑張って」

「……なるほど、そう言う意味か」


 つまり何度も罪を繰り返せば、また彼女に会えると言うことだろう。


「……わたしの管轄はこの世界なの。またあんたなんかきてもらっても、まるで嬉しくないわ。失せろ」

「はは。素に戻った君は、酷いな……」


 気持ち悪い。


 彼女はそれだけ言い、彼岸花の中へと消えて行った。

 そして最後に振り返り、瞳を赤く光らせる。


「サヨウナラ、愚かな人間」





 足元が溶けて、黒い淵へと落ちてゆく。

 そのときにやはり思ったのは、彼女のことだった。

 嗚呼、やはり、彼女は。



 彼女は悪夢だった。



(そうして俺は、悪夢かのじょに溺れてゆく)

神木修輔視点でお送りしました。

歪んだ恋物語みたいなものでしたが、伝わりましたでしょうか?

リクエストくださったトモエ様、愁様、ご満足いただけたでしょうか?

読んでいただき、ありがとうございました!

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