三重苦、醜太朗・肆 「奥の手」
一方その頃、下郎は逃げた醜太朗をついに追い詰めていた。
「もう逃さんぞ、醜太朗!」
「やれやれ、お前もしつこいなぁ、鶴破? テツオくんはどうしたんだ? まさか、あの新人くん一人に押し付けたのか? ひどいなぁ。彼、殺されるよ? 今からでも、助けに戻ったほうがいいんじゃないか?」
追いつかれはしたものの、まだまだ余裕を見せる醜太朗。
「アイツは俺に、背中は任せろと言ったんだ、ならば俺は蒼介ことを信じるのみ!」
強く言い切った下郎。
「フンっ! だが頼りになるお仲間はもういないみたいだな。お前一人なら、戦っても結果はこの前と同じだぞ?」
「いいや、違うな!」
そう言って下郎が取り出したのは、鼻栓とサングラスだった。
「ふ、ふははははっ! そんな物で優位に立ったつもりか? 甘いなッ!」
そう言うと、修太郎は懐から何かを取り出す。それは、サングラスだった。
「これでお互いに呪いは使えない。肉弾戦なら俺の方に部があるぞ!」
戦いが始まると、お互いのサングラスは早々に砕け散り、ほとんど役目は果たさなかった。戦いはほとんど互角に見えたが、やはり醜太朗の千年に渡り蓄積された呪いは強大だった。
手足の長さの違いで、被弾は多くなるものの、一撃一撃は醜太朗のほうが重い。そしてなにより、下郎は醜太朗の激しく点滅する『光』を防ぐ手段を持たなかった。
「『天つ日よ』!!!」
「ぐわぁぁぁ!!!」
のたうち回る下郎。
「はあ……はあ……だから言っただろ?! 結果は一緒だと!!」
醜太朗はバーコード頭から白い煙を上げながら叫んだ。
「クソッ! せめて教えてくれ醜太朗! お前が因縁ある鶴破の生き残りである俺を殺すよりも優先する計画とは一体何なんだ!」
下郎は滝のように涙を流しながら、醜太朗に対して問いかける。
「……いいだろう、日食まではまだ少し時間がある。お前はアダムとイブは知っているな? 神が作ったという、最初の人間だ。あぁ、言わなくてもいい。そんなのは所詮伝説だ。だが世界中で約26億人もの人間がその伝説を信じている。呪術的に見て、それがどんな意味を持つかはお前にも分かるだろう? そしてコレこそが二千年間積み重なった信心の結晶だ! つまり、この宝玉こそが、神が作った人間の設計図ということだ!」
そう言いながら醜太朗は懐から、怪しく僅かに光る朱色の玉を取り出した。その様子を下郎は、まだ霞む目でかろうじて確認する。
「そして、太陽とは! 神の象徴だ! 天照しかり、エジプトのラーしかり、しばしば最高神と同一視される。そして今、地球の裏側では皆既日食が起ころうとしている。つまりは、神が隠れるんだ…………ほらっ! 来たぞ! 玉を覆う神の守りが、今消えようとしている! そして、そこに……この俺の体液を注ぎ込む! そうするとどうなると思う? 人類の設計図が俺の遺伝子により汚染される! 俺こそが、人類の基準! スタンダードになるんだ! つまり、これから生まれる人類は全て! チビで薄毛なワキガ持ちになる! 今生きている人類にも、少なからずその影響は出るだろうよ!!!」
ついに明かされた醜太朗の恐るべき計画。その計画とはつまり、全人類の醜太朗化。全人類を、チビでハゲなワキガ持ちにするという恐ろしいものだった。
「馬鹿なッ! そんな世界は地獄だ!」
「お前にとっては地獄でも、俺にとっては天国なんだよ! 恵まれた奴がいるからいけないんだ! 全ての人類が平等に、チビで薄毛でワキガ持ちならば……誰もが、それらを馬鹿にする事はできない!」
そう言うと、醜太朗はカチャカチャと音を立てズボンのベルトを緩めていく。
「頼む……待ってくれ醜太朗! 確かに俺はお前の苦しみの三分の一も理解できていないかもしれない! 俺だって……日に日に薄くなっていく頭に、運命を呪った事はある! 俺はお前と同じハゲだ! だがお前はその上チビでワキガまで持っている! 人類を恨んでも仕方がないのかもしれない。だが、だからといって全ての人間をチビでハゲなワキガ持ちにするだなんて間違っている! なぜそのエネルギーを自分を変えることに使わないんだ!」
下郎の必死の呼びかけに、醜太朗の動きが止まる。
「おい……さっきから黙って聞いてりゃあハゲハゲハゲと何回も連呼しやがってッ! 俺は薄毛であってハゲじゃねぇッ!! ハゲてんのはテメーだけだ、このクソハゲ野郎ッ!!!」
怒り狂う醜太朗の叫びを聞く下郎の口元には、いつしか笑みが浮かんでいた……
「あ? なんだよ?…………ッ! その目、その目が嫌いなんだよ! 爺様と同じ! 人を人とも思わない、目的の為なら手段を選ばない奴の目だ!」
下郎は突然、胸元から十字のペンダントを取り出し叫ぶ!
「主よ、我が禿頭と嘲笑せしかの者に災いを与えたまえ!」
「…………はぁ? いきなりなんだよ? お前切支丹だったのか?」
「フッ、早々に鶴破を滅ぼし家を出たお前は知らんだろうな。我が鶴破の先祖は遥か遠くの地から海を渡ってきたという……そして、これこそが鶴破家の当主のみに伝えられる最終奥義だ!」
下郎の言葉と同時に、醜太朗の体は宙を舞う。
「うがっ! なんだテメェ? 新手かッ?!」
頭から血を流しながら醜太朗が見上げた先にいたのは、体長二メートルを超える黒い怪物だった。
「…………は? クマだとぉ?!」
鶴破家の歴史は古く、最も古い記録は二千年前にまで遡る。
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彼はそこからベテルへ上って行った。道を上る途中、町から小さな子どもたちが出て来て彼をあざけり、言った。
「上って行け、はげ頭よ。上って行け、はげ頭よ。」
彼は振り返って彼らを見つめ、主の名によって彼らを呪った。すると森から二頭の雌熊が現れ、彼らのうち四十二人を引き裂いた。
――旧約聖書より
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自身の呪いで応戦しようとする醜太朗。しかし、野生動物にとって臭さなど日常であり、怯みはしない。思わず背を向け逃げ出す醜太朗。しかし、怪物は体重二百キロはあるであろうにも関わらず、容易く追いつき、ナイフのような爪で無慈悲にその背を引き裂いた。『光』を使うものの、既に組み敷かれていては相手を激昂させるだけだった。
「い、いでぇぇっ! まいった! 俺の負けだ! 二度と人里には現れない! だから頼む下郎! コイツを消してくれッ!」
半狂乱になりながら懇願する醜太朗。
「悪いな醜太朗。ソイツは式神でもなければ操っている訳でもない、ただのクマだ。腹が膨れるまでは帰ってはくれないだろうよ」
冷たく言い放つ下郎。
「まさかお前ッ……! チクショウ! 最初から死ぬ気だったのかよ! チクショウ……」
「…………あくまで最終手段だ。だが人里に熊を呼び出しておいて俺だけ逃げる気はない。お前が食われ終わったら次は俺の番だろうよ。それで満足して帰ってくれればいいが……」
そう言って下郎は血だらけの手に十字架のペンダントを握りしめながら、力無く横たわる。醜太朗の最後を見届けながら。
「ここまでか……過去の亡霊は俺が連れて行く。だから……娘が生きる未来は、お前らに託すぞ。蒼介、和子……」
こうして最強の敵、『三重苦、醜太朗』との戦いは終わった。だが、醜太朗という要石を失ったことにより、東京にはそれまで醜太朗を避けていた怨霊たちが集結しようとしていた。蒼介たち、若き呪術使いの戦いはまだ始まったばかりなのだ……
ご愛読ありがとうございました!もふもふ男爵先生の次回作にご期待ください!




