三重苦、醜太朗・参 「恐怖! 電車男」
「ガタンゴトン、プシュー! 醜太朗駅ぃ、醜太朗駅ぃ、お出口は左側です。お忘れ物なきようご注意ください」
ブツブツと独り言を呟きながら現れたその怨霊は、妙にテカテカしたブリーフ一丁のおっさんの体に、頭には電車のような形のヘルメットを被っていた。
「彼はね、元はいわゆる撮り鉄だったんだ。景観を整える為に邪魔な木を伐採し、写真に写り込もうとする不埒な輩には、どいてくれるよう丁寧にお願いしていた。それもこれも、一枚の素晴らしい写真を撮る為にだ! だが世間は彼を迫害した。一つの作品を作り上げるために並外れた努力をする彼を、世間は理解しようとはしなかった。だから僕は彼に力を与えた! なすべきことを成せる力を! と言っても廃線になった電車の魂を与えてみただけだがね? それがどうした! こんなに強力で素晴らしい怨霊が誕生するとは僕自身も思ってはいなかったさ! さあ! テツオくん! 僕たちの悲願の為、鶴破をここに足止めしておくんだ!」
そう言い残すと、醜太朗はこの場を後にする。
「クソッ! 日食までもうあまり時間がないというのに!」
やむを得ず、電車男に対してファイティングポーズをとる下郎。
「下郎さん……ここは俺に任せて、醜太朗を追ってください……!」
蒼介は絞り出すようにそう言った。
「馬鹿なっ! 相手はどう見ても上級だ! お前一人ではまだ無理だ!」
「下郎さんッ……! 俺だって、この半年何もしてなかった訳じゃないんです! それに危なくなったら必ず逃げます。だから……背中は俺に任せて、行ってください!!」
下郎は驚いたような顔をして、少し蒼介の顔を見た後、電車男に背を向ける。
「死ぬんじゃないぞ……!」
そう言い残し、下郎は醜太朗の後を追う!
「次の駅はぁ、鶴破ぁ、鶴破ぁ、足元揺れますゆえ、ご注意くださぁい」
電車男は、ブツブツとそう呟きながら下郎へと向かう。
「待てっ! お前の相手は! この俺だッ!」
蒼介の蹴りが、電車男の頭部の電車にクリーンヒットする。
「只今ぁ、線路内にて、トラブルが発生しております。当列車はぁ、予定されておりました進路を変更いたしましてぇ、葦草駅へと向かいます」
そう言いながら、車体を蒼介へと向け直す電車男。その前照灯が怪しく光る。
電車男の攻撃方法はシンプル。直線方向への突進のみ。急な方向転換はできなければ、急発進や急停止もできない。
しかし、その分その馬力は尋常ではなく、直撃すればミンチ肉になってしまう事は間違いない。
「はあ……はあ……俺の呪いも聞かない訳じゃない、でもあのヘルメットみたいなののせいで効き目が弱い!」
蒼介は、電車男の突進を紙一重で交わしながら、蹴りを入れていく。
「当列車はぁ、これより地下鉄運行を開始いたしますぅ。ご乗車の皆様はぁ、揺れなどにご注意下さい」
そう言った電車男は、地面を素手で掘り進み、すっぽりと土を被ってしまった。
「ち、地下鉄ってそういうんじゃないだろ?!」
地中を掘り進む電車男の音だけが、四方八方から聞こえてくる。
「次はぁ葦草駅ぃ、葦草駅ぃ」
アナウンスが聞こえてくるとその直後、地面が割れ、電車男が突進してくる。
「そこだっ!」
飛び出した電車男に対して、蒼介のカウンターが華麗に決まる! 電車男の頭部の電車のようなヘルメットは大きくへこむ。
「グ……ナ、ナゼワカッタ?」
「なぜって……いくら地中に隠れても、突進してくる時、馬鹿正直にアナウンスしてたら台無しだよ」
こうして、蒼介の勝利により勝負は決したかに思われた。
「コウナッタラ、奥ノ手ダッ! トレイン合体ッ!!!」
シュッシュー! どこからか、汽笛の音が聞こえると、四台の小さな電車が現れた。
電車男の頭部の電車と同じくらいの大きさの電車は、男の周りをぐるぐると回り始めると、やがて電車男と合体し、その手足へと姿を変える。
まばゆい光を放った後、そこに立っていたのはもはや、以前の電車男とは別物だった。全身は分厚い鉄の装甲に覆われ、素肌の見える部分はない。手足は電車で出来ており、頭部は蒸気機関車のような趣に変わった。そして、背中からは大きな煙突が生えている。
「そ、その姿はッ! 連結戦線トレインジャーに出てくる、ゴーゴートレイン号!」
蒼介のその言葉を聞き、電車男の動きが止まる。
「…………知ッテイルノカ?」
「俺が小学生の頃にやってた特撮ヒーローだ! 途中で戦線ヒーロー卒業したから最後までは見てないけど」
一度は動きを止めた電車男だったが、蒼介の答えを聞き激昂する。
「シュポォォォーーー!!! オマエダケハ、ユルサナイ! コロス!」
トレイン合体を果たした電車男に、以前ほどの機動力はない。しかし、繰り出される突きや蹴りは、電車の突進そのものであり、蒼介は躱すので精一杯だ。
「これでも食らえッ!」
かろうじて攻撃を当てる蒼介。しかし、全身を装甲で覆われた電車男には全く効いていない。
「ドウシタ? ソンナモノカ?!」
電車男の猛攻! しかし、一瞬の隙をつき、蒼介は雑木林へと逃げ込むことに成功した。
「はあ……はあ……これは無理だ! すいません下郎さん、時間は稼ぎました! もう逃げさせてもらいます!」
蒼介は、小声で下郎に謝罪すると、息を殺しながらその場を後にする。
「隠レテモ、ムダダ! 『ゴーゴートレイン・ブレード』!!」
そう言った電車男が取り出したのは、何の変哲もない、ただただデカいだけのチェーンソーだった。
「『トレイン・スラッシュ』!!」
そう叫びながら、電車男は蒼介の隠れた雑木林の木をことごとく切り倒し、丸裸にしていく。
「そんなのもう! 電車すら関係ないじゃないかっ!」
姿を現さざるを得なくなった蒼介に、電車男の右腕が衝突する。
えっ? 俺死ぬのか? あーあーカッコつけてついて行くなんて、言わなきゃ良かったか?
強烈な衝撃に襲われ、宙を舞う蒼介の脳内ではこれまでの思い出が、走馬灯のように流れていく。
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「はあ……はあ……やっぱり俺には無理なんですよ。俺の呪いは呪術使いの家系からしたらあってないようなものですし……」
その日は珍しく、実戦ではなく組み手での稽古だった。
「足なんて、誰だって多少なりとも臭いものだから、か?」
そう言った下郎の顔を、蒼介は驚いたような表情で見る。
「お前の親父さんの口癖だった……だが宗二は、お前と同じ呪いでA級にまで上り詰めたんだ」
「でも、その後すぐ死んだんじゃないですか。結局、足の臭さではB級が限界なんです」
「それは違う! あの怨霊は、本来ならS級が対処すべき案件だった! だが宗二はA級でありながら、相打ちとはいえあの怨霊を倒したんだ! お前の呪いでそんな芸当ができるか? 宗二はおそらく、新しい奥義を編み出していたんだ。生前なにか言ってなかったか?」
下郎の言葉を聞き、蒼介は少し考える。
「わかりません。でも、もう一回親父の遺品を調べてみます!」
そう言って蒼介は、亡き父の書斎へと向かった。
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宙を舞いながらも、蒼介の思考は極限まで活性化していた。
そうだ、あの後親父の書斎でエロ本の間に挟まった研究ノートを見つけたんだった。内容は確か……呪いの蓄積! 弱い呪いでも年月をかけ蓄積することにより、より強力な効果を得るとか書いてあったっけ。
無気力に地面に落下するかに思われた蒼介だが、寸前に受け身を取る。その目には再び闘志が宿っていた。
「シブトイナ、イイ加減ニ倒レタラドウダ?」
「そっちこそ。俺だって早く下郎さんの後を追いたいんだよ」
再び激突する蒼介と電車男。満身創痍の蒼介だが、余計な力が抜けた分、前より動きは良くなっていた。しかし、やはり電車男の装甲の前には、蒼介の蹴りではダメージを与える事はできない。
「マダ分カラナイノカ? オ前ノ蹴リデハ、俺ヲ倒スコトハ出来ナイ! ソロソロ終ワリニスルゾ!」
「はあ……はあ……終わりにする、だって? 終わるのはお前だよ!」
そう言って蒼介は、電車男の足元に、なにやらボロ布のようなものを放り投げる。
「ナンダト?」
辺りを見渡す電車男。そこには、履き古された靴と靴下が、電車男を囲うように散乱していた。
「三ヶ月間。一度も洗わずにほぼ毎日、汗だくになりながら履き続けてきた靴と靴下だ。計四つのそれらで作った四角形でお前を囲んだ。陣が完成した今、蓄積された呪いが、陣の内部で大爆発を起こす」
「『激臭陣』。いくら装甲が厚くても、嗅覚がある限りこれには耐えられない」
靴と靴下により作られた四角形の陣の内部に、茶色い閃光が走る。
「シュ、シュポォォォ!!!」
土煙が晴れた時、そこには怨霊の残骸すら残ってはいなかった。
「か、かったあ〜! もうダメだ、一歩も歩けない! 下郎さん、あとは任せましたよ……」
その場に大の字に倒れ込んだ蒼介は、そう言いながら満足そうに空を眺める。




