三重苦、醜太朗・壱 「集結! 四人のS級呪術使い」
醜太朗との遭遇から三日。この日、呪術組合の建物には異様な雰囲気が漂っていた。
曇天であるにも関わらず、建物の窓は全て開き、明らかに普段より人が少ない。
「あれ? ソフィーさん、入らないんですか?」
蒼介が組合を訪れると、今にも雨が降り出しそうにも関わらず、和子は建物の前のベンチに座っていた。
「あぁ、蒼介。アンタも入ればわかるわよ……その足大丈夫なの?」
蒼介の右足には分厚いギプスがはめられ、松葉杖をついている。
「えぇ、ひびは入ってるそうですが、折れてはいません。ソフィーさんこそ、大丈夫ですか?」
「フッ、私は大丈夫よ。ほら、さっさと行くわよ?」
和子も、やや疲れた様子だが、蒼介の質問には笑って返した。
「うっ……! 凄い匂いですね? それもこの独特のスパイシーな匂いはまさか……!」
「えぇ、醜太朗の件で今日呪術組合には、四人のS級呪術使い、全員が集結してるわ!」
その時、組合の応接室の扉が勢いよく開き、三人の男女が出てきた。
「うわぁ、誰ですかあの綺麗な人! あの人もS級なんですか?!」
最初に出てきたのは、淡い青の着物を着た美しい銀髪の女性だった。
「お姉さまっ! 宗岡麗華お姉さまよ! 唯一の御三家以外出身のS級呪術使いにして、史上初の女性S級呪術使い!」
大きく手を振る和子に気付き、その女性は優しく微笑みかけ手を振り返した。
「次は……あぁ、脇宮薫ね、脇宮家当主。アンタの方が詳しいでしょ?」
「えぇ、まあ……」
露骨に目を逸らす蒼介。
「次は、下郎ちゃんね!」
「おう! お前ら来てたのか」
蒼介と和子に気づいた下郎は、二人の元へ向かう。
「下郎さん! やっぱり、シュウタロウとかいう小男についての話し合いですか? なんなんですかアイツは?! 俺たちにも教えてください!」
下郎に詰め寄る蒼介。
「うむ……そうだな、お前たちももう関わってしまった。知っておいてもいいかもしれんな……」
下郎は、顎に手をやり、少し考えてから答えた。
「奴の名は醜太朗、『三重苦、醜太朗』。千年前に俺たち御三家の先祖が生み出した怪物だ!」
「せっ、千年前っ?! それじゃあ一体、あの小男は何歳なんですか?!」
動揺を隠せない蒼介と和子。
「それについては、僕から話そう」
三人にどこからともなく声をかける人物。しかし、見回してもその姿は見えない。
「ほら、蒼介くん。君の目の前だよ、もう少し下を見て?」
「うわっ! 組合長じゃないですか! いつからそこに?!」
ピッタリと合った息で驚く三人。
「いや、普通に話しかけただけなんだよ……というか下郎くん、君はいい加減覚えてくれよ……」
そこには、背丈が小学生ほどしかないしょぼくれたおじさん、保人組合長が立っていた。
「まあいいさ。話の続きだが、醜太朗を生み出した責任の一端は間違いなく、僕が当主を務める保人家にあるんだよ」
「あれ? そういえば今日はS級呪術使い四人が集まってたんですよね? さっき出てきたのが三人で、保人組合長が御三家の当主ってことはまさか……?」
「あぁ、保人組合長もS級だぞ? お前そんな事も知らなかったのか?」
さすがの下郎も呆れた様子だ。
「醜太朗は、僕たち保人家、それから下郎くんの鶴破家、そして君もよく知る脇宮薫が当主を務める脇宮家。通称御三家が千年前に生み出したんだ。当時の鶴破家前当主の主導で、鶴破家の当主に保人家の姫が、保人家の当主に脇宮家の姫、そして脇宮家の当主に鶴破家の姫が嫁いだ。もちろん拒否権の無い政略結婚だ」
保人組合長は神妙な面持ちで続ける。
「そしてその内の二組から、同時期に男女の子が生まれた。やがて成長した二人、ハゲたチビの男とチビでワキガ持ちの姫もまた、強制的に番うことになった。その二人から生まれた男こそが、チビでハゲたワキガ持ち、三重苦を背負った男、醜太朗だ」
保人組合長が言い終わると同時に、外では雷鳴が轟き、雨が降り出した。
「醜太朗が現代まで生きていたのは間違いなく、僕たち保人家から受け継がれた呪い、『年齢不詳』の影響だろう。保人家にごく稀に現れる呪いで、ウチの大婆様は百七十まで生きたという話だった。僕も若い頃に少し会っただけだが、骨格は明らかに中年なのに肌は異様にテカテカしていて、老けた高校生にも若作りのおばさんにも見える不思議な人だったよ」
「ああっ! 確かにアイツも、チビな中年にも見えれば若ハゲの二十代くらいにも見えて、不気味でしたよ!」
蒼介は激しく同意する。
「つまり、奴は最低でも御三家から一つずつ、三つの呪いを受け継いでいるはずだ」
下郎は頷き付け加える。
「待ってください、でもその内一つは奴の寿命を伸ばしているだけで、戦闘用だけで見れば二つ! それなら下郎さんだって同じじゃないですか?!」
一筋の光を見出し、蒼介は下郎を見る。
「うむ……だが、実際に奴と対峙して分かったことだが、奴は積み重ねた呪いの量が桁違いだ。呪いの能力は通常一人一つ。それを複数持つと言うのは単純な足し算ではない。同じ『光』でも、俺のは奴に遠く及ばない」
下郎は申し訳なさそうに語る。
「そんな……そもそも呪いの量ってなんなんですか?」
「呪いとは感情だよ、蒼介くん……同じ呪いでもその者が人生で馬鹿にされた回数が多ければ、呪いについて悩んだ時間が長いほど、効果は強力な物になる。呪術使いなら誰でも一度は、『もしこの呪いさえなければ』と思ったことはあるはずだ。その上、彼は大人の都合で強力な呪いを三つも、意図的に背負わされて生まれてきたんだ。彼は全ての呪術使いを……いや、全人類を恨んでいてもおかしくはないだろうね」
「アイツは俺と戦った時、やる事があると言っていた。因縁ある鶴破を仕留めるより優先する事など、十中八九良からぬことだろう。ならばその前に! 今夜、組合の最高戦力であるS級三人を投入した醜太朗討伐作戦を行う事が決定した!」
下郎は拳を強く握り締めそう宣言した。
「こ、今夜?! 急すぎませんか?! それに今アイツがどこにいるのかは分かってるんですか?」
驚愕する蒼介。
「ああ、だが時がない! 今夜の十二時丁度、地球の裏では皆既日食が起こる! 奴が何を企んでるかは知らんが、これは呪術的にはかなり大きな意味を持つ現象だ! 奴が何かするとすれば間違いなく今夜! その前に奴を討伐しなければならん!」
「それに、居場所ならわかってるんだ。君たちが奴と遭遇した廃墟、斥候によれば奴はまだそこで生活してるらしい。まあ、まず間違いなく罠だろうがね」
しばらく、黙り込んだあと、蒼介は意を決っした。
「下郎さん! その作戦、俺も連れて行ってください……!」
しかし、下郎は即答する。
「駄目だ! この作戦は危険すぎる! それに足の怪我だってまだ治ってないんだろ?!」
「怪我なら大したことはありません! 俺だってこの半年、下郎さんの相棒として戦ってきたじゃないですか!」
顎に手をやり、下郎はしばし思案する。
「…………今回の作戦は討伐と銘打ってはいるものの醜太朗は怨霊ではなく人間だ、お前に人間を殺せるのか?」
下郎の言葉に、あたりがシンと静まり返る。
「それでも……下郎さんはやるんですよね?」
「あぁ! そうだ! 放っておけば奴は必ず人を害する。それを止めるのは、あの怪物を生み出してしまった鶴破の役目だ!」
強く言い切る下郎。
「それなら俺だって! 俺だって怨霊から人を助けるために呪術使いになったんです! 自分の身は自分で守ります! 足手まといにはなりません! だから……!」
ここまで言われてしまっては、さすがの下郎も折れるほかない。
「はあ……危なくなったらすぐに逃げるんだ、いいな?」
「えっ? じゃあ……!」
「背中は任せたぞ、相棒?」
そう言って下郎は蒼介の肩を叩く。
「はい!」
満面の笑みを浮かべる蒼介。しかしその時、今まで黙って俯いていた和子が口を開く……




