笛吹き男・下
「蒼介! 和子! 目を閉じろッ! 『フラッシュ』!!!」
「ぐわぁぁぁッ!! 目がッ! テメェなにしやがるッ!」
小男は、両手で目を押さえ後退っていく。
「 待たせたな! 無事か?! 蒼介! 和子!」
直視せずとも真っ白となった視界は、徐々にはっきりしていく。その時蒼介と和子が見たものは、よく見慣れた、下郎の逞しい背中だった。
「げ、下郎さん! 来てくれたんですね! 死ぬかと思いましたよ……!」
「遅いのよハゲ郎! ほんと……怖かったじゃないの! ハゲ!」
二人は目に涙を浮かべながら、思いの丈をぶつける。
「二人とも、よく持ちこたえた! 後は俺に任せろ!」
下郎は気合を入れ直し、バーコードハゲの小男と相対する。
「テメェ、さっきからなんなんだよッ! 偉そうに! 『俺に任せろ』だと? お前ごときが俺に勝つつもりかよッ?!」
「まさか……直視しておきながら、もう見えるのかっ?!」
下郎のフラッシュを直視した小男だったが、すでに視界は回復している様子だ。
「気をつけてください下郎さん! ソイツは得体の知れない術を使います! たしか、シュウタロウ様と呼ばれていました!」
「匂いよ、下郎ちゃん! あの独特のスパイシー匂いは、おそらく脇宮家と同じ! それに蒼介の蹴りを止めるほどの怪力も!」
小男と対峙する下郎に対し、二人はこれまで得た情報を伝える。
「シュウタロウ?! シュウタロウだと?! 確かに、鶴破家に伝わる言い伝えとも特徴は一致している……だがまさか?! あれは千年以上前の出来事だぞ!」
「鶴破? いま鶴破と言ったか? それに、その頭にさっきの技、お前鶴破家の生き残りかっ!」
二人の間に緊張が走る。
「やはり……『三重苦、醜太朗』なんだな?」
「フンっ! 千年前に滅ぼしてやったと思ってたんだがな。そういえばお前のその顔、爺様にそっくりだ!」
しばらく、沈黙が流れた。そして突然、戦いは始まった。どちらから仕掛けたのかはわからない。目にも止まらぬスピードで二人はぶつかり合う。
「な、なんて戦いだ……下郎さん、あの怪力の小男と互角に渡り合ってる!」
「いいえ、足の長さの分、僅かに下郎ちゃんが押してるわ!」
下郎と醜太朗の戦いは、蒼介と和子にとってかろうじて目で追えるほどのものだった。
「これが、『到達者』同士の戦い……!」
生唾を飲み込んだ和子がポロリと漏らす。
「到達者? 到達者ってなんですか?」
下郎が来て安心したのか、すっかりいつもの能天気さを取り戻した蒼介。
「…………呪術使いの家系には何世代かに一度、とんでもなく強い呪いを持った子供が生まれるのよ。桁違いの戦闘力を持っていて、生殖能力がないわけでもないにも関わらず、なぜか子孫を残す事がほとんどない一代限りの完成系。それが到達者よ」
「えっ? でも下郎さんには奥さんも娘さんもいますよ? 俺スーパーでたまたま会って晩御飯もご馳走になったんです」
蒼介は困惑する。
「そうね。でも昔は下郎ちゃんも到達者だと言われてたわ。呪いの強さも到達者級で間違いない。にも関わらず、下郎ちゃんは努力で呪いを克服した! 『ハゲ』という呪いを筋トレにより、『スキンヘッド』という個性へと昇華させた『克服者』! それが今の下郎ちゃんよ!」
和子の言葉を肯定する様に、下郎は蒼介の足を握力のみでへし折ろうとするほどの怪力を持つ小男と互角以上の戦いを繰り広げる。
下郎がその身に受けた二つの呪い、『光』と『テカリ』。そしてもう一つ、下郎には祝福とも言える能力が備わっていた。
神は理不尽に何かを奪い去っていくが、気まぐれに与えもする。下郎が髪と引き換えに、神に与えられた三つ目の能力、『溢れ出る男性ホルモン』。
二つの強力な呪いに加え、恵まれた体格に、トレーニングの成果の出やすい体質。それこそが、下郎をS級最強たらしめている所以である。しかし、マッスル・ギフテッドはあくまで筋肉がつきやすいに過ぎず、下郎の誇る鋼の肉体は流した血と汗の成果に他ならない。
恵まれた肉体を持つ下郎に対し、醜太朗と呼ばれた小男は身長150センチにも満たず、180センチを越える下郎と並ぶと、まるで大人と子供の様だ。腹だけがポッコリと出っ張っただらしない体型に、運動不足を物語る二重顎。一見するととても強そうには見えないなりをしているが、それでも下郎と互角に戦っている。
「クソッ! なんて重い拳だ! 積み重なった呪いの量が桁違いだ! 千年という時を考えても、これほどの呪いを抱えるに至った日常は地獄だったはず!」
「あぁ、そうだよ! 人間どもからはいつの時代も迫害され、俺を受け入れてくれたのは怨霊どもだけだった! そしてこんな俺を生み出したのはお前たち鶴破だ!」
二人の戦いはさらに加速する。
___________________________
そして、決着の時は訪れた。
「このままじゃ埒が明かん! この一撃で決める! 『フラッシュ』!!!」
「待っていたぞ! その技を使うのをッ! 『天つ日よ』!!!」
二人はそれぞれのハゲ頭に手を添え叫ぶ!
下郎がその生涯で悪意を持ってハゲと呼ばれた回数、四千五百十八回。
対して醜太朗が、千有余年の生涯で悪意を持ってハゲやそれに類する言葉で呼ばれた回数、十一億四千五百十四万一千九百十九回。さらにその光は激しく点滅する!
「きゃあぁぁぁ!!!」
「目があぁぁぁ!!!」
のたうち回る蒼介と和子。
「くっ! しまった何も見えん!」
醜太朗の点滅する光をもろに食らった下郎。瞼を開けることができず、涙が止まらない。
「はあっはあっ……手こずらせろやがって! トドメだ……と言いたいところだが、それも一筋縄では行かなそうだな。俺もやる事がある。今日のところは見逃してやる! 二度と俺の前に現れるな」
「まっ、待て! なぜ今頃になって現れた! 何を企んでるッ?!」
「誰が教えるかよ……まぁ、すぐに分かることになるさ!」
下郎の問いに答えることはなく、足音は遠ざかっていった。




