チー牛鬼・下
「まっ、待ってくださいよ下郎さん!」
チー牛鬼討伐のために東京郊外の田舎道までやってきた下郎と蒼介。日が暮れるのを待った二人は、牛鬼討伐のためにその痕跡を探し始めるのだった。
「さて、問題の牛鬼だが……こっちの方から微かな妖気は感じるが……ん? あれは子供か? 何だってんでこんな時間に……」
下郎は遠目に、すっかり暗くなったにも関わらず、ライトも持たずにトボトボと歩く子供の姿を見つけた。
「おい! ボウズ! こんな時間にどうしたんだ? 家はどこだ?」
それは、ランドセルをからったまだ低学年くらいの子供だった。
「おじさんだれ?」
「俺か? 俺は下郎ってんだ。ボウズ名前は? 家は近いのか? 送ってくぞ?」
「僕はケンタ。でも、誰かに呼ばれてる気がするんだ」
少年の声にはどこか元気がない。
「ん? ボウズ泣いてんのか? 何かあったのか?」
「うん、学校でタケシくんがいじめるんだ、『お前みたいな奴のこと、昔はチー牛って呼んでたんだぞ!』って」
それまで、暗くてよく見えなかった少年の顔が、通りかかった車のライトにより照らされる。
「ひっ! 下郎さんこの子供って……あの写真と……!」
まだ幼い顔つきの少年だが、その顔には確かにチー牛の特徴の片鱗が見て取れた。下郎は、蒼介を目で制止すると、少年の肩に手を置きその目をまっすぐと見つめる。
「いいか、ケンタ。そんなことを言う奴のことは気にする必要はない。もしそれでも気になるなら、清潔な服を着て、大人になってからは美容院に行くんだ、いいな?」
「うん……」
少年は静かに頷いた。
「蒼介、この子を安全なとこまで連れてってやってくれ。俺はやることがある」
そう言った下郎の後ろから現れたのは、鬼というには蜘蛛に近い身体に、眼鏡が食い込み一体化したチー牛のような顔、そして禍々しい牛の角を持った異形の怪物だった。
「ぎゅっ、牛鬼っ! 下郎さん危ない! 避けて!」
怪物は、蜘蛛のような前腕を、高く掲げると、下郎のハゲ頭に向け真っ直ぐに振り落とす。
呪術使いの家系には、その家に代々伝わる異能がある。そして、下郎がその身に宿した呪いは、『光』と『テカリ』。
常時発動型の呪い、『テカリ』。その効果は、自身の頭頂部で受けた攻撃を全て逸らし、無効化する。
ズドゥーーンッ! 牛鬼の爪は下郎の頭で滑り、アスファルトに大きな穴を開けた。
「やれやれ、これは久しぶりに本気を出さなきゃなんねーかもなぁ」
そう言うと、下郎は自身の横に突き刺さった牛鬼の爪を掴むと、その巨体を背負い投げる。
ガシャーーン!! ドカーン!!
牛鬼と下郎はどちらも一歩も引かず、お互いの攻撃のたびに、地面に大きなクレーターを作っていく。少年を逃し戻ってきた蒼介には、ただ見ていることしかできなかった。
「これで、トドメだっ! 『頑固親父の拳骨』!!」
「チッギュアアアァァァ!!!」
勝者は下郎だった。その拳が、牛鬼の角をへし折り頭を砕くと、牛鬼は断末魔の叫びを上げ、ボロボロと土塊のように崩れていく。
「やりましたね! 下郎さん!」
蒼介が満面の笑みで駆け寄ってくる。しかし、下郎の表情はまだ険しいままだった。
「いや、まだだっ! ケンタっ!!」
下郎の視線の先では、先程逃したはずの少年が何体もの牛鬼に囲まれていた。
「ケンタくんっ!」
少年を助けるために駆け出した蒼介。しかし、牛鬼とはまた別の怪異がその行く手を塞ぐ。
「うわっ! な、何なんですか下郎さん! この豚男みたいな怨霊は?!」
「違う! よく見ろ蒼介! 耳にリボンが付いている! そいつはメスだ! チー牛をバカにしておきながら、自身もまた女版チー牛であるという悲しき怪物! 『豚丼女』だ!」
「クソッ! さっきの戦闘のダメージがまだ抜けてないっ! 動け俺の体っ……!」
膝をつき、まだ立ち上がれない下郎と、豚丼女に道を阻まれた蒼介。その間にも、少年を囲う牛鬼と豚丼女はどんどん増えていく。
「チーチーチーwww」
「チーズ牛丼トカ食クッテソウwww」
「ゴ注文ハ、チーズ牛丼デヨカッタデスネッ!!」
少年を囲んだ牛鬼と豚丼女は、口々に少年を罵っていく。
「えっ……? アイツら何であんなことを?! アイツら、自分がチー牛って言われて傷ついてたんじゃないんですかっ?! なんでケンタくんにあんなこと?!」
「いっ、いかん! 一説によれば、一番チー牛煽りをしていたのは、チー牛自身であったと言うっ! 同族嫌悪だ! ネット上で自身もチー牛であることを隠してチー牛煽りをするんだ! このままではケンタまで奴らと同じになってしまうっ!」
下郎の額を汗が伝う。
「そっそんな! 早く助けないと!」
「ケンタッ! そいつらの言葉に耳を貸すなッ! 心を強く持つんだッ!」
そんな下郎の言葉も虚しく、その時は訪れる。
「ぐすん、酷いよタケシくん。何でそんなこと言うんだよ。うっううぅぅ………………チッチッ……チギュアアァァァ!!!」
少年の体を突き破るように、ドス黒い何かが溢れ出し、やがてそれはチー牛鬼の姿を取った。
「クソッ! 間に合わなかった……!」
「そんな……下郎さんッ! 何かケンタくんを助ける方法はないんですかッ……?」
「一度、怨霊に変容した魂はもう二度と……」
二人は、無力感と自責の念に打ちひしがれる。
「いや? まてよ……」
「……! 下郎さん! 何か思いついたんですかッ!」
下郎の目に再び光が宿る。
「あぁ、だが一か八かだ。上手くいくかは分からん」
「いったいどうするんですか……?」
「まぁ、見ていろ。普通の怨霊ならまず無理だが、ケンタは生きたまま、負のエネルギーが溢れ出しているだけだ。俺の能力で浄化すれば、まだ助かるかもしれん」
そう言うと、下郎は布に包まれた何かを蒼介に投げて寄越す。
「これは……サングラスですか?」
「そうだ! しっかり見とけ、だが決して肉眼で直接は見るな!」
そう言い残すと、下郎は牛鬼共の群れへと向かう。この日見たその背中を、蒼介は生涯忘れることはないだろう。
「もってくれよ? 俺の毛根ッ!」
下郎は、手に唾を吹きかけ、後頭部に僅かな毛を残したハゲ頭を撫で回す。
下郎のもう一つの呪い、『光』。術者は己の頭部から、怨霊の最も苦手とする強力な光を放ち攻撃する。
『光』は、術者がその生涯において、悪意を持ってハゲと言われた回数に比例して、その威力を増す。
下郎が四十五年の人生の間に、悪意を持ってハゲと呼ばれた回数、『四千五百十四回』。その光量は、軍用のスタングレードの約三倍にも達する。
「くらいやがれッ! 『フラッシュ』ッッッ!!!!!」
その日、東京の一角が夜中に突然、昼間のように明るくなった。一部では宇宙人の仕業と噂されるその事件は、遂にその原因が解明されることはなかった。
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「下郎さん、聞きましたかっ?!」
その日、下郎が組合の建物内に設けられたカフェでコーヒーを飲んでいると、蒼介が満面の笑みで走り寄ってきた。
「聞いたって、何の話だ?」
「ケンタくんですよ! ケンタくん! 無事目覚めたそうです!」
下郎は、新聞を机に置くと、コーヒーを一口啜る。
「そうか、あの時のボウズか。無事だったんならそりゃ良かった」
素っ気ない態度をとる下郎。
「なんですかー? 下郎さん、あんなに心配してたくせにぃ? それに聞いてくださいよ! あの少年! なんでも、目覚めてから以前より明るくなったみたいで! どうやら下郎さんの戦いを見てて、勇気づけられたみたいなんです! 目覚めてすぐに自分もスキンヘッドにしたいって言い出して……結局両親の猛反対で五厘刈りにすることで決着したらしいです!」
「ブフォッ、あぁっ! こぼしちまった! タオル取ってくれ」
「うわっ、ちょっと下郎さんやめてくださいよー。今タオル取ってくるんで待っててください!」
そう言って蒼介は組合の事務所へタオルを借りにいく。
「それにしても、スキンヘッドにしたい、か。俺が十代でハゲだした時は忌々しくしか思わなかったが、そうか……」
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「それにしても下郎くん、呪術使いに戻りたいってのはほんとかね? いや、こちらとしては嬉しいばかりなんだが……一体どういう心境の変化だね?」
下郎は、組合の応接室で保人組合長に今しがた、呪術使いに復帰したいという意向を伝えたところだった。
「なに、俺に残されてた最後の髪の毛も、今回の戦闘で全て焼け落ちちまったんでね? もう呪術使いを辞める理由がなくなったんですよ。それに、俺が何のために呪術使いになったのか、思い出させられたんでね?」
そう言い残して、下郎は応接室を後にする。
「あっ下郎さん! 呪術使いに復帰するって本当ですか! 中でどんな話してたんですか?!」
応接室の外では、蒼介が下郎のことを待ち構えていた。
「なに、またまだ若い奴らが頼りねーから、俺が戻るしかねーて話してたんだよ」
「えっ?! それって俺のことっすかー!?」
「ところで蒼介? 今回の牛鬼だが、なぜ元凶となったチー牛という言葉があまり使われなくなったか分かるか?」
「えっ? そんなのやっぱみんなが、そんなこと言うの酷すぎるなーって気づいたからじゃないですか?」
蒼介は首を傾げ、そんなことを言った。
「違う! 次の言葉が生まれたからだ! それももっと酷い言葉たちが! 俺たちの仕事は、基本的に先人たちのやらかしの尻拭いだ。お前たちの世代がやらかせば、その皺寄せは次の世代に向かうことになる。それを肝に銘じておけ」
だからこそ、まだ体が動くのだから、少しでも次の世代が背負う荷を減らしてやらねばならん。下郎は心の中でそう誓うのだった。
一話をご覧いただきありがとうございました! ここまで読んでいただいた方はもうお気づきですね…………はい、そうです。本作は某人気漫画の影響を多大に受けております……そうです! 「ボボボーボ・○ーボボ」です! 葦草なんてそのままですね? そんな敵いましたね……はい。鶴破下郎ですが、本作は全九話毎日投稿で、物語がひと段落つくところまでは書き溜めてあります。ぜひ、最後までお付き合い頂けると嬉しいです!




