第9話 手放した重心
春の兆しが、庭に戻っていた。
冷たかった風はやわらぎ、
木々の枝に小さな芽が見える。
足音が一つ。
そして、もう一つ。
並んで歩く。
港町の件は、
その後も大きくは揺れなかった。
範囲を縮め、
無理のない形に戻し、
再び動き出している。
私は追加の指示を出していない。
それでも、続いている。
午前、書斎で各地の報告を並べる。
港町。
南の町。
新しく動き始めた小さな地域。
どの文面にも、
私への問いは少ない。
決定の共有が増えている。
私はそれを、静かに受け取る。
午後、リナから直接の訪問がある。
港町からここまで、
数日の道のりだ。
「ご報告に参りました」
彼女は以前より落ち着いている。
私は応接室に案内する。
「問題は収まりました」
「はい。範囲を調整し、
内部で再確認しました」
私は頷く。
「来なくてよかったと、思いましたか」
彼女は少しだけ笑う。
「はい」
その答えに、
私はわずかに目を細める。
「あなたが来られたら、
きっと早くまとまったでしょう」
「けれど」
「私たちは学べなかったと思います」
言葉は穏やかだが、
確信がある。
私は湯を注ぎながら言う。
「それで十分です」
重心は、
もう彼女たちの内部にある。
夕方、庭を歩く。
足音が重なる。
「訪ねてきましたか」
彼が問う。
「ええ。自分たちで収めました」
「良い結果ですね」
私は頷く。
私は助けなかった。
引き取らなかった。
それでも、崩れなかった。
夜、机に向かい、
今日の記録を書く。
「港町、自立確認」
短い言葉。
基準にされる時間は、
確実に減っている。
象徴と呼ばれることも、
少なくなった。
私はそれを、
寂しいとは思わない。
手放すことは、
失うことではない。
役割が軽くなることは、
重心が移った証だ。
窓の外に春の月が浮かぶ。
私は思う。
基準でいる時間も、
不在でいる時間も、
どちらも必要だった。
今は、
少しだけ後ろに立つ。
並ぶ位置は変わらない。
けれど、
前に出る必要もない。
翌朝、庭を歩く。
芽吹き始めた枝の下で、
足音が静かに重なる。
距離は伸び、
拠点は増え、
役割は移る。
私は、
手放したまま立っている。
整わないまま、
動き続ける。
それが、
今の私の選び方だった。
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