第8話 不在の証明
冬が近づき、庭の空気が澄んでいた。
吐く息が白くなり、
石の小径は少し冷たい。
足音が一つ。
少し遅れて、もう一つ。
並んで歩く時間は、
季節に左右されない。
「港町で、問題があったようです」
彼が言う。
「ええ」
私は昨夜届いた便りを思い出す。
試験運用の一部が、
想定より負担を生んだらしい。
「向かわれますか」
私は少し考える。
以前の私なら、
すぐに出立していただろう。
今は違う。
「行きません」
私は答える。
「彼女たちで解決できるはずです」
彼は頷く。
止めもしない。
急がせもしない。
午前、書斎で再び便りを読み返す。
文面は落ち着いている。
混乱よりも、
対応策が記されている。
私は短い返事を書く。
「急がないこと。
決定は内部で」
それだけ。
助言は最小限。
答えは渡さない。
午後、南の町からも報告が届く。
こちらは順調だ。
それぞれの町が、
別々に動いている。
私はそれを、
干渉しない。
夕方、庭に出る。
風は冷たいが、
空は高い。
「不安はありませんか」
彼が静かに問う。
「少しはあります」
私は正直に言う。
「けれど、それは私の不安です」
彼は目を細める。
「彼らの不安ではない」
私は頷く。
不安を理由に介入すれば、
自立は遠のく。
夜、机に向かう。
港町からの追加の便り。
「範囲を再調整しました。
継続します」
私は小さく息を吐く。
不在のまま、
決定がなされた。
それが、
何よりの証明だ。
私は必要ではない。
背景でよい。
窓の外に星が見える。
基準にされることも、
象徴と呼ばれることもある。
けれど、
不在でも動くなら、
それで十分だ。
翌朝、庭を歩く。
足音が重なる。
「解決したようですね」
彼が言う。
「はい」
私は答える。
並んだまま、
遠くで起こる出来事を共有する。
それだけで足りる。
距離は伸びる。
不在でも、
関係は揺れない。
整わないまま、
動き続ける。
それが、
今の私の立ち方だった。




