第4話 基準にされる人
港町の会議室は、窓が大きい。
潮の光が差し込み、
机の上の紙を白く照らしている。
私は中央ではなく、
端の席に腰を下ろした。
誰に言われたわけでもない。
だが、その位置が自然だった。
議題が読み上げられ、
説明が続く。
代表者の声が一区切りつくと、
わずかな沈黙が落ちる。
その沈黙の間、
いくつかの視線がこちらへ向く。
私は資料を閉じる。
「続けてください」
それだけ言う。
場が動き出す。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、
急がせない。
議論は一度まとまりかけ、
そして誰かが疑問を差し挟む。
空気が揺れる。
再び、視線が集まる。
私は目を伏せたまま、
何も言わない。
やがて代表者が言う。
「では、一度小規模で試しましょう」
その一言で、場は落ち着く。
私は息を吐く。
基準とは、
決定することではない。
揺れたとき、
過度に傾かないようにすること。
休憩の時間、
若いリナが隣に立つ。
「あなたがいると、安心します」
彼女は真剣な目で言う。
「安心は、内部で作ってください」
私は穏やかに答える。
「私がいなくても、続く形を目指すべきです」
彼女は少し驚き、
そして静かに頷いた。
午後の議論は、
昨日より短い。
決定は内部で下される。
誰も、私の顔色をうかがわない。
その変化を、
私は何より重く感じる。
夕暮れ、港を歩く。
風が強い。
リナが言う。
「来月は、私たちだけで進めます」
宣言ではなく、報告。
「そうですか」
私は答える。
助言もしない。
止めもしない。
それが、
基準でいるということだ。
夜、滞在先で短い報告を書く。
「小規模で開始。
決定は内部」
余計な言葉は加えない。
窓の外に、灯台の光が揺れる。
ここでは私は基準にされる。
けれど、
中心には立たない。
人が自分で立つまでの、
静かな背景でいる。
翌朝、港町を発つ。
門を出るとき、
振り返らない。
戻る場所があることを、
疑っていないからだ。
屋敷の庭に足を踏み入れる。
小径に足音が一つ。
少し遅れて、もう一つ。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
ここでは、
私は並ぶ人だ。
港町では基準にされ、
屋敷では並ぶ。
役割は変わる。
けれど、
立ち位置は変わらない。
整わないまま、
動き続ける。
それが、
今の私の立ち方だった。




