第13話 影ではない隣
セオドア・ヴェルクが去ってから、
数日が過ぎた。
彼の提案は静かに残っている。
制度化。
効率化。
再現性。
正しい言葉ばかりだ。
午前、書斎に別の客が訪れる。
ルーカス・ハルト。
他国の外交官だという。
物腰は柔らかく、
視線は穏やかだ。
「あなたではなく、
本日は隣の方にお話を」
そう言って、彼は彼のほうを見た。
私はわずかに視線を上げる。
珍しい。
私を通さずに、
彼に向けられた言葉。
応接室の空気は静かだ。
「最近、あなたは“象徴の隣”と呼ばれている」
ルーカスは言う。
彼は否定しない。
ただ、聞いている。
「だが、それは正確ではない」
ルーカスは続ける。
「あなたは影ではない」
私はその言葉を、
黙って受け止める。
影ではない。
「並んでいる」
ルーカスは穏やかに言う。
「並ぶということは、
従属ではない」
沈黙が落ちる。
彼は淡く笑う。
「あなたの立場は、
彼女を支えることではなく、
選び続けることだ」
私は視線を落とす。
選び続ける。
彼は静かに答える。
「その通りです」
短い言葉。
だが、確かだ。
午後、ルーカスは去る。
庭に出る。
足音が重なる。
「影ではないと」
彼が言う。
「聞きました」
「どう思われましたか」
私は少し考える。
「影でも、光でもありません」
並ぶ。
それだけだ。
「象徴の隣」と呼ばれることが増えている。
けれど、
私は彼を従属させてはいない。
彼もまた、
私を支えてはいない。
並んでいる。
夕暮れ、庭の小径に立ち止まる。
風が静かに吹く。
「あなたが前に出れば、
私は後ろに下がります」
彼は穏やかに言う。
「ですが、あなたが下がるなら、
私は前に出ません」
私は目を細める。
それは宣言ではない。
ただの確認。
夜、書斎で今日の記録を書く。
「外交官来訪」
「隣の定義」
短い文。
私は思う。
合理が訪れ、
名が外れ、
象徴が揺れ、
隣が問われる。
それでも、
並びは崩れない。
私たちは、
互いを中心にしない。
選び続ける。
それが、
並ぶということ。
窓の外に夜が広がる。
私は静かに灯りを落とす。
影ではない。
光でもない。
並ぶ。
それが、
今の私たちの形だった。




