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第1話「俺を助けた魔法少女が、まさかの隣人でした」

 俺——高梨蓮、二十七歳。職業はシステムエンジニア。

 毎日終電まで働いて、休日は家でアニメを見るのが趣味の、どこにでもいるオタク社会人だ。


 そんな俺が「魔法少女」に助けられたのは、三ヶ月前のことだった。


 夜道で不良に絡まれていたところを、空から降りてきた美少女が華麗に蹴散らしてくれた。

 フリルのついたピンクの衣装。キラキラ光るステッキ。そして、夜空に輝く金色の髪。


 まるでアニメから飛び出してきたような——魔法少女。


「大丈夫? 怪我はない?」


 彼女は俺に微笑みかけると、夜空に消えていった。


 それ以来、俺は彼女に心を奪われた。

 名前も知らない。顔もよく覚えていない。

 でも、あの笑顔だけは、はっきりと覚えている。


 俺は元々、アニメや漫画が好きだった。

 SEという仕事柄、夜遅くまで働くことが多くて、深夜アニメをよく見ていた。

 特に魔法少女ものが好きで——だから、あの夜の出来事は、まるで夢のようだった。


 本物の魔法少女が、俺を助けてくれた。

 それだけで、俺の人生は少し輝いた気がした。


 ちなみに俺は、昔から世話焼きな性格だ。

 職場でも後輩の面倒を見ることが多いし、困っている人を見ると放っておけない。

 ……それが、これから始まるドタバタの原因になるとは、この時は思っていなかった。


---


 そんな俺の隣の部屋には、だらしないOLが住んでいる。


 名前は月城美咲さん。二十五歳。

 いつもジャージ姿で、髪はボサボサ。目の下にはクマ。

 ゴミ出しの日を間違えて、よく俺に助けを求めてくる。


「ごめんね〜、また間違えちゃった〜」


 今日も朝から、彼女はゴミ袋を持って俺の部屋のチャイムを鳴らした。


「月城さん、今日は燃えるゴミですよ」

「え〜、そうだっけ〜?」


 寝起きなのか、ジャージの前が少し開いている。

 谷間が見えそうで、俺は慌てて目を逸らした。


「と、とにかく、ゴミは俺が出しておきますから」

「ありがと〜、助かる〜」


 月城さんはあくびをしながら、部屋に戻っていった。


 ……あの魔法少女とは正反対だな。


---


 その夜のこと。


 俺はコンビニ帰りに、また不良に絡まれた。

 最近、この辺りは治安が悪い。


「おい、金出せよ」

「財布、空っぽなんですけど」

「嘘つくんじゃねえ!」


 殴られそうになった瞬間——


「そこまでよ!」


 空から、あの魔法少女が降りてきた。


 金色の髪。ピンクのフリル。輝くステッキ。

 三ヶ月前と同じ、圧倒的な美しさ。


 彼女は不良たちをあっという間に蹴散らした。


「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……」


 俺は彼女の顔を見上げた。

 近くで見ると、本当に美しい。整った顔立ち。長いまつげ。形の良い唇。


 でも——どこかで見たことがある気がする。


「また会えて嬉しいわ」


 魔法少女は微笑んだ。

 その笑顔を見た瞬間、俺は気づいてしまった。


 ……え?


「月城……さん?」


 魔法少女の顔が、一瞬で真っ赤になった。


「な、なんのこと!? 私は魔法少女ルナ! 月城とかいう人は知らないわ!」


 慌てて否定するが、声も、仕草も、完全に月城さんだった。


「いや、その……声が同じですし……」

「き、気のせいよ! さ、さようなら!」


 魔法少女は逃げるように飛び去った。


 ……やっぱり、月城さんだよな?


---


 翌日。


 俺は月城さんの部屋のチャイムを鳴らした。


「……なに?」


 ドアを開けた月城さんは、いつも以上に不機嫌そうだった。

 というか、明らかに俺を避けている。


「昨日の件、話しませんか」

「昨日? 何かあったっけ?」

「魔法少女の——」

「しーっ!」


 月城さんは俺の口を塞いで、部屋の中に引きずり込んだ。


 彼女の部屋は、予想通り散らかっていた。

 服が床に散乱し、コンビニ弁当の空き箱が積み重なっている。


「……見ないで」

「何をですか?」

「部屋! 汚いの、見ないで!」


 月城さんは真っ赤になって、散らかった服を隠そうとした。

 その中に、下着が混じっている。


「あっ——!」


 彼女は慌てて下着を隠した。

 ピンクの、キャラクターがプリントされた下着。意外と子どもっぽい。


 ……いや、今はそれどころじゃない。


「月城さん、魔法少女なんですか?」

「……」


 月城さんは観念したように肩を落とした。


「……バレちゃったか」

「バレました」

「はぁ……最悪」


 彼女はソファに座り込んだ。

 ジャージの裾がめくれて、白い太ももが見える。


「まあ、座って。説明するから」


---


 月城さんの話はこうだった。


 彼女は十五歳の時、謎の生き物と契約して魔法少女になった。

 以来十年、夜な夜な街を守っているらしい。


「十年も? 引退とかしないんですか?」

「したいわよ! でもできないの!」


 月城さんは遠い目をした。


「知ってる? 少子化の影響で、魔法少女のなり手が減ってるの」

「……は?」

「魔法少女って、適性のある子にしか契約できないんだけど、そもそも子どもの数が減ってるでしょ? だから適性者も減ってるの」


 なんだそれは。

 魔法少女の世界にも少子化の波が……。


「しかも、最近の子は『魔法少女になりたい』って思わないらしいのよ」

「そうなんですか」

「『夜勤はイヤ』『残業代出ないの?』『有給はあるの?』って聞かれるらしいわ」


 ……現代っ子だな。


「だから、私みたいな古参がずっと現役なの。引退したくても後継者がいないの」

「ブラック企業みたいですね」

「ほんとそれ」


 月城さんは深いため息をついた。


「契約した時のマスコット——キューエーってやつがいるんだけど、最近全然来ないの」

「来ない?」

「『魔法少女候補者の営業ノルマが未達で、ベテランの世話どころじゃないんだよ。君はもう自走できるでしょ?』だって」

「……営業ノルマ?」

「魔法少女を何人獲得したかで、上からの評価が変わるらしいわ」


 なんだそのKPI。


「しかも最近は『契約後のフォロー体制が薄い』ってクレームが増えてるらしくて、担当変更の話も出てるの」

「担当変更……」

「でも後任が見つからないから、結局放置。たまに来ても『進捗どう? 大丈夫? じゃ、頑張ってね』って言って帰るの」


 なんだその上司。完全に丸投げじゃないか。


「最近、上の方では『魔法少年』の導入も検討してるらしいわ」

「魔法少年……」

「男の子の方が『ヒーローになりたい』って思う率が高いんだって。でも、衣装をどうするかで揉めてるらしい」


 なんだその会議。


「フリルは付けるのか、スカートはどうするのか、変身バンクの演出は……」

「そこが問題なんですか」

「伝統を守りたい派と、時代に合わせる派がいるらしいわ」


 魔法少女の世界も、なかなか大変らしい。


「まあ、そういうわけで、私は引退できないの。おかげで仕事はボロボロ、私生活はグダグダ」


 彼女はため息をついた。


「魔法少女って、変身してる間は体力使わないんだけど、解除した途端にドッと疲れが来るの」

「だから、いつもあんなに疲れてるんですか」

「そういうこと」


 なるほど。だらしないのには理由があったのか。

 しかも、本人の意志だけじゃ辞められない事情があったとは。


 ……なんか、応援したくなってきた。


「でも、なんで俺のこと助けてくれたんですか?」

「……」


 月城さんは目を逸らした。

 頬が少し赤い。


「た、たまたまよ。たまたま通りかかっただけ」

「二回も?」

「偶然よ、偶然」


 明らかに嘘だ。


「月城さん」

「な、なに?」

「もしかして、俺のこと——」

「違うわよ! 変なこと言わないで!」


 月城さんは真っ赤になって否定した。

 でも、耳まで赤い。


 ……これは、もしかして。

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