表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放されたけど、最弱スキル〈保存庫〉で辺境スローライフ満喫します  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/36

第4話 塩商人の影

 砦の鐘の音が止んだとき、門の前に立っていたのは五人の男たちだった。

 深い紺色の外套、腰には金具で飾られた剣。粗野な山賊とは違う。

 彼らの背後には馬車が二台、荷を覆う布の下には樽の形がいくつも見える。


「王都塩商会の使者である」


 中央の男が名乗り、胸を張った。

 短く刈り込まれた髪に、脂の光る笑み。

 商人というよりは役人に近い雰囲気だ。


「この度の補給の遅れ、遺憾に思う。だが、道中の危険を考えれば致し方ない。……ただし、我らは塩を届けた。代価はこれまでの三倍でお願いしたい」


 ざわめきが兵たちに広がる。

 三倍。もはや暴利と言ってよい。

 老将が卓を叩き、怒声を上げた。


「ふざけるな! 我らを飢え死にさせる気か!」


 しかし使者は揺るがない。

 むしろ余裕の笑みを浮かべ、低く言った。


「塩なくして兵糧は持たぬ。戦う前に兵は死ぬ。……お忘れなきよう」


 そのとき、サラが一歩進み出た。

 灰色の瞳は冷たく光り、腰の剣に手がかかる。


「この城には塩に頼らぬ方法がある。腐敗を止める術を、我らは得た」


 使者の眉が動く。

 俺に視線が集まった。


「……まさか、そやつか」


 嫌な空気。

 笑みの裏に潜む牙が、はっきりと見えた。


 その夜、砦の一室。

 サラと俺は卓を挟んで向き合っていた。


「彼らは必ず動く。あなたの力を奪おうと」


「奪う? 俺の力は俺自身のものだ」


「そう思うだろう。しかし商人にとっては違う。技も術も、利を生むなら道具だ。……だから警戒してほしい」


 サラの声は静かだったが、眼差しは真剣だった。

 俺は肩をすくめる。


「俺は戦えない」


「私が護る」


 即答だった。

 その確信に満ちた響きに、思わず笑みがこぼれる。


「護られてばかりじゃ格好がつかないな」


「ならば、あなたは食を守れ。兵を、生を。……それがあなたの剣だ」


 言葉の重みが胸に響いた。

 俺に剣はない。だが、保存庫が剣になるなら――。


 翌日、砦の広場で公開の試験が行われた。

 商人たちが見守り、兵士たちがざわめく。

 卓の上には二つの肉塊。

 一方は塩漬け、もう一方は俺の〈保存庫〉に仕舞っただけのもの。


「二日置いた」

 兵糧係が説明する。

「塩漬けはやや酸味が強く、保存は利いている。だが……」


 刃が肉を割く。

 塩漬けの断面はやや黒ずみ、匂いに刺激があった。

 対して保存庫の肉は、昨日仕舞ったかのように瑞々しい。


 試食した兵が、目を見開き叫んだ。


「こっちの方が旨い!」


 歓声が広がった。

 兵たちは口々に俺の肉を求め、次々と頬張る。

 商人たちの顔から笑みが消えた。


 会議室に戻ると、商人の使者は低く唸った。


「なるほど……塩が不要と? それでは我らの商いは潰れる」


「なら潰れろ」

 サラが切り捨てる。


 使者の目に、冷たい光が宿った。

「……潰れるぐらいなら、潰すまでだ」


 その言葉に兵たちがざわつく。

 俺は思わず立ち上がった。


「潰す? 食を守る術を? それで誰が得をする!」


「得をする者だけが生き残る。それが商いだ」


 その瞬間、俺は悟った。

 彼らにとって命は数字であり、塩は札束だ。

 俺の〈保存庫〉は、利益を奪う怪物に見えている。


 夜。

 砦の灯りが落ちたころ。

 廊下を歩く足音があった。

 扉の影に、影が三つ。


「……来たか」

 サラが剣を握り、囁いた。


 扉が蹴り破られる。

 刃を持った影が雪崩れ込む。

 商人の手先だ。


「保存庫を渡せ!」


 俺は咄嗟に手を差し入れ、布袋を取り出す。

 中身は乾いた香草粉と唐辛子。

 床に投げると煙が弾け、刺激臭が充満した。


「ぐっ、目がっ!」


 混乱の隙に、サラの剣が走る。

 鋼の閃きと悲鳴。

 残りは逃げ去った。


 荒い息を吐き、サラが俺を振り返る。


「大丈夫か」


「……助かったのは俺じゃない。保存庫だ」


 俺の声は震えていた。

 けれど胸の奥では、別の炎が灯っていた。

 奪われるぐらいなら――守る。

 それが、俺にできる唯一の戦いだ。


 夜明け前、砦の見張り台。

 霧の向こうに、馬車の群れが見えた。

 数十台。

 旗には塩商会の紋章。


「……本気で来たな」

 サラが呟いた。


 商人はもう取引をやめた。

 力で潰すつもりだ。


 俺は拳を握った。

 静かに暮らす夢は、遠ざかるばかり。

 だが、今はもう迷わない。


 保存庫は、飯を守る。

 飯を守れば、人が生きる。

 それが俺の剣だ。


「サラ。準備をしよう。俺もできる限りやる」


 灰色の瞳が、朝の光を受けて輝いた。


「共に戦おう、保存庫の人――いや、リオン」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ