第35話 地下水路の決戦
夜の王都。
石畳の下に広がる地下水路は、湿った空気と暗闇に支配されていた。
俺とサラは兵を率いてその入り口に立ち、息を整えた。
地上では人々が眠り、誰も知らぬところで王都の命運が決まろうとしていた。
水路の奥からは、低い唸りと熱が伝わってくる。
――黒炎だ。
水面が揺らぎ、赤黒い光が脈打っている。
「リオン、気を抜くな。奴らは本気でここを焼き尽くすつもりだ」
サラの声は冷静だが、灰色の瞳は緊張に揺れていた。
俺は頷き、保存庫を開いた。
白炎が掌に宿り、暗闇を押し返す。
進むにつれ、耳を裂くような叫びが響いた。
水路の広間に辿り着くと、そこには黒炎を纏った者たちが百人以上、渦のように集まっていた。
中心に立つのは――あの仮面の指導者。
先日の青年とは違い、背丈の高い男で、漆黒の仮面に赤い紋を刻んでいる。
「リオン・グレイ……ようやく来たな」
声は低く響き、石壁を震わせる。
「我らは“断ち切る者”。均す炎に抗い、この国を選び直す者たちだ」
彼が両手を広げると、黒炎が大河のように広がり、壁を舐め、水を蒸発させた。
兵たちが後ずさる。
だが俺は一歩前に出た。
「お前たちが断ち切るのは秩序じゃない。人そのものだ。――そんな自由はただの破壊だ!」
仮面の男は嗤う。
「破壊なくして創造はない。白炎は人の心を均す。だが均された人間に未来はない!」
叫びとともに黒炎が奔流となり、俺を呑み込もうと迫る。
保存庫を開き、白炎を掲げる。
光と闇が激突し、轟音が水路全体を揺らした。
サラが剣を抜き、兵とともに周囲の黒炎の信徒を押さえる。
「リオン! あいつを止めろ! あれが崩れれば全員が解放される!」
俺は白炎を集中させ、仮面の男と向かい合った。
闇と光が絡み合い、互いの心が流れ込んでくる。
――彼の心は、絶望そのものだった。
「奪われた」「見捨てられた」「均されるくらいなら消えたい」
その怨嗟の渦が、黒炎を形作っている。
「なら……俺が受け止める!」
白炎を拡げ、闇を包み込む。
だが、黒炎は容易に溶けない。
仮面の男が吼える。
「均すな! 断ち切らせろ!」
黒炎が激しく燃え、俺の胸に突き刺さる。
心が揺らぎ、闇に染まりかけたその瞬間――サラの声が響いた。
「リオン! 忘れるな! お前が望んだのは、誰かを救って共に生きることだ!」
灰色の瞳が炎を映し、俺を繋ぎ止める。
俺は拳を握り、叫んだ。
「俺は断たない! 均すだけでもない! 導くんだ!」
白炎が爆ぜるように輝き、水路全体を包んだ。
光は人々の心に触れ、共鳴を生む。
黒炎に囚われた信徒たちが次々と膝をつき、瞳を取り戻していく。
仮面の男は後ずさり、叫んだ。
「なぜだ! なぜ俺の闇を均せる!」
俺は掌の炎を突き出し、静かに答えた。
「均すんじゃない。お前の心を、共鳴させるんだ」
光が仮面を砕き、男の素顔を照らした。
現れたのは、かつてこの国の高位貴族だった男。
権力を失い、誰にも顧みられず、絶望の果てに闇炎にすがったのだ。
「俺は……認められたかっただけだ……」
その声は悲痛で、幼子のように震えていた。
白炎が彼を包み込み、闇炎は霧散していく。
戦いは終わった。
黒炎に囚われていた者たちは次々に倒れ、静けさが戻る。
兵たちは安堵の声を上げ、サラは剣を収めて俺の隣に立った。
「……やったな、リオン」
俺は拳を握りしめ、保存庫を閉じた。
だが胸の奥には、重い問いが残っていた。
白炎は人を導く。だが、闇炎は人の心がある限り再び生まれる。
均すだけではなく、共鳴させ続けること――それが俺の果てしない役目なのだ。
(つづく)




