第32話 王都の火種
再生の院での騒動から数日。
王都は落ち着きを取り戻したかに見えたが、街路の影ではざわめきが絶えなかった。
「保存庫に頼りきっていては危うい」
「均す力は甘言だ、いずれ全てを縛る」
「断ち切る者こそ、本当の自由を与える」
そんな囁きが市場から酒場へ、酒場から兵舎へと広がっていく。
誰もが表では笑いながら粥を食べ、裏では黒炎の噂を口にした。
夜。
王宮の謁見の間で、王が俺とサラを呼び寄せた。
その顔には疲労の色が滲んでいた。
「リオン。断ち切る者の動きが王都の至る所で確認されている。彼らは闇炎を“信仰”として広めているようだ」
「信仰……」
その言葉が胸に重く響いた。
力ではなく心を縛る。
だからこそ黒炎は人から人へと移ろい、消えにくい。
サラが鋭く言った。
「このまま放置すれば、王都は二つに割れる」
その警告はすぐに現実となった。
翌朝、王都の広場で大規模な衝突が起こった。
「保存庫を支持する者」と「断ち切る者を信じる者」が互いに叫び合い、やがて拳を交えた。
「均すのは支配だ!」
「断ち切れば飢えるだけだ!」
投げられた石が火種となり、広場は一瞬で暴動と化した。
俺は白炎を掲げ、人々の間に割って入った。
炎が光を放ち、怒号を鎮めていく。
だが、一部の者の瞳は黒く濁り、白炎を浴びても怯まなかった。
その時、屋根の上に立つ影が現れた。
漆黒の外套を翻し、仮面をつけた男。
かつての黒炎の指揮官ではなく、新たな存在。
「リオン・グレイ。お前が導くというなら、我らは断ち切る。
均された未来など偽りだ。闇炎こそ、人が望む“力の証”!」
叫びと同時に、彼の周囲にいた群衆の瞳が黒く染まった。
十人、二十人、いや数十人が一斉に黒炎を纏い、広場を覆った。
サラが剣を抜き、俺の前に立つ。
「リオン、これはもはや小競り合いじゃない。――戦だ」
俺は保存庫を開き、白炎を解き放った。
光が黒炎の群れを包み込み、怨嗟の声が響く。
だが黒炎は以前よりも強く、均すだけでは崩れない。
炎同士が拮抗し、空気が軋む。
「……これは、人と人の心そのものの争いだ」
俺は呟いた。
白炎は応えるように形を変え、無数の糸となって人々へ伸びた。
一人ひとりの心に触れ、闇と光を均そうとする。
広場は光と闇に引き裂かれ、人々は悲鳴を上げながらもその中に立ち尽くした。
均すのか、断つのか――。
その選択が、王都全体に迫っていた。
(つづく)




