第31話 再生の院の裏切り
再生の院の空気は、以前の穏やかさを失っていた。
食糧や水を均すために保存庫を使っても、人々の瞳には安堵だけでなく、不安と猜疑心が混じるようになっていた。
「隣に寝ている奴が、また闇炎に呑まれるんじゃないか」
「昨日も夜中にうなされて、黒い光を漏らしていたやつがいた」
小さな噂は、恐怖を増幅させていく。
俺は白炎を灯して人々の前に立ったが、光を見てもなお目を逸らす者がいた。
その夜。
食糧院の部屋で記録をまとめていると、サラが駆け込んできた。
「リオン! 再生の院で暴動が起きている!」
急いで駆けつけると、広間は混乱に包まれていた。
椅子や机が倒れ、人々が互いを突き飛ばしている。
中心に立っていたのは、先日短剣で襲いかかってきた若い兵だった。
拘束されていたはずなのに、今は仲間に囲まれ、黒炎を纏って立っていた。
「俺たちは囚人じゃない! 均されるくらいなら、断ち切る!」
その声に、周囲の数人も黒い光を帯び始めた。
サラが剣を抜き、前へ出る。
「やはり紛れ込んでいたか……“断ち切る者”が!」
俺は保存庫を開き、白炎を広げた。
だが黒炎に呑まれた者たちは怯むどころか、むしろ嗤った。
「均そうとする力は、俺たちの憎しみを強くするだけだ!」
黒炎が一斉に爆ぜ、広間を覆う。
人々が悲鳴を上げ、壁が崩れる。
「サラ! 避難を!」
「任せろ!」
サラが負傷者を誘導する間、俺は白炎を黒炎にぶつけた。
白と黒の炎が激突し、空気が裂ける。
だが、今までのように均すだけでは追いつかない。
黒炎はまるで意思を持ち、俺の光を呑み込もうと迫ってきた。
「……違う。この炎はただの闇じゃない」
胸の奥に響いたのは、黒炎を纏う兵たちの叫びだった。
「見捨てられた」「誰も助けてくれなかった」「奪われたまま終わるくらいなら」
その怨嗟が黒炎を膨らませていた。
「均すだけじゃ届かない……」
俺は掌に白炎を集め、深く息を吸った。
「――導くんだ!」
炎が形を変えた。
光は矢でも剣でもなく、人の姿を取った。
白炎の幻影が人々を包み、耳元で囁く。
「やり直せる。ここで終わる必要はない」
黒炎が揺らぎ、崩れていく。
若い兵の目に涙が浮かび、膝をついた。
「……俺は、ただ……認めてほしかった……」
闇が溶け、残されたのは疲れ果てた人々だった。
混乱が収まり、再生の院は静けさを取り戻した。
だがサラは険しい顔で告げた。
「リオン。今の黒炎は外から注がれていた。誰かが院の内部にまで手を伸ばしている」
「……“断ち切る者”は、もう地下だけじゃない。王都全体に広がっている」
保存庫を開くと、白炎が強く脈打った。
それは警告であり、同時に覚醒の前触れでもあった。
均すだけではなく、導く。
だがその先には――きっと、さらに大きな選択が待っている。
(つづく)




