第30話 断ち切る者の影
安寧の空気が王都に広がりつつあったある日。
再生の院で粥を配っていると、ふとした違和感が胸をかすめた。
――誰かの視線。
敵意を帯びたもの。
振り返ると、一人の若い兵がこちらを睨んでいた。
彼は闇炎に囚われていた者の一人で、今は院で暮らしているはずだった。
だがその瞳には、再び黒い光が宿り始めていた。
「……均されるくらいなら、断ち切られた方がマシだ」
呟きは低く、だが確かな怒りを孕んでいた。
次の瞬間、彼は隠し持っていた短剣を抜き放ち、俺へ突きかかってきた。
サラが即座に動いた。
鋼の閃きが短剣を弾き、兵は押さえ込まれる。
だがその抵抗は激しく、ただの人間の力ではなかった。
黒い炎が彼の腕にまとわりつき、肌を焼くように揺らめいていた。
「……闇炎が、戻っている?」
俺は驚愕し、保存庫を開いた。
白炎が応えるように広がり、兵を包み込む。
炎と炎がぶつかり合い、激しい光が広間を照らした。
やがて黒い火は消え、兵は意識を失って倒れ込んだ。
その場にいた人々は恐怖と不安に震えていた。
「やはり闇炎は消えないのか」
「また戦になるのではないか」
そのざわめきを前に、俺は胸を押さえた。
白炎は確かに彼を救った。だが同時に、黒炎が“再び芽生える”ことを証明してしまった。
サラが眉をひそめ、低く言う。
「……これは、誰かが裏で糸を引いている」
その夜。
王宮の密議に呼ばれた俺は、王と数名の重臣の前に立っていた。
「リオン。お前が導こうとしている者たちの中に、すでに“断ち切る者”の影が紛れ込んでいる」
王の声は冷ややかで、だが揺らぎはなかった。
「闇炎を意図的に目覚めさせている存在がいるのだ。――それが、新たな脅威だ」
その言葉に、背筋が震えた。
闇炎はただの偶然ではなく、意思を持った“組織”によって拡げられている。
保存庫を開くと、白炎が淡く揺れていた。
だがその光の隅に、黒い影が混じっているように見えた。
「……もし俺の心が揺らげば、炎は闇に呑まれる」
呟きは自分自身への警告でもあった。
サラが傍に立ち、灰色の瞳で俺を支える。
「なら、私がその心を守る。あなただけに背負わせはしない」
その言葉に、胸の重さが少し和らいだ。
一方その頃――王都の地下。
仮面をつけた集団が火を囲み、低く唱えていた。
「均す炎に抗うため、我らは断ち切る者となる」
「憎しみを糧に、闇炎を次なる形へと育てよ」
黒炎が燭台からあふれ、天井を舐める。
その中心に立つ影が、静かに笑った。
「リオン・グレイ。次は均すか、断つか――お前自身を試す時だ」
白炎は保存庫の奥で震えていた。
それは警告であり、同時に問いかけでもあった。
――お前は、どちらを選ぶのか。
(つづく)




