第26話 黒炎の軍勢
それは、王都の空に不吉な兆しが現れた朝だった。
東の地平線から黒煙が立ちのぼり、風に乗って重苦しい気配が迫ってきた。
街の人々は息を詰め、空を見上げる。
「……闇炎だ」
サラが呟いた。
遠方に見えたのは、黒い鎧を纏った兵の群れ。
松明ではなく、黒炎そのものを掲げて行軍していた。
その数は数百、いや千を超えていた。
俺は拳を握り、保存庫に手を差し入れる。
白炎が応えるように揺れたが、その光にはいつになく重さがあった。
「リオン……」
サラの声が俺を呼ぶ。
「もう避けられない。白炎と闇炎の決着をつけるときが来た」
王宮の大広間。
王が立ち上がり、諸侯や兵に告げた。
「黒炎の軍勢が進軍中だ。これを退けねば国は滅ぶ。――だが、勝てるかどうかはリオン・グレイ、お前次第だ」
その視線を正面から受け止める。
王は恐怖を隠さず、それでも信じていた。
俺は深く頷いた。
「……逃げません。保存庫と白炎を、この国のために使います」
広間にざわめきが広がり、やがて兵たちの士気が燃え上がった。
王都の南門。
黒炎の軍勢が迫り、地面を震わせた。
空は曇り、太陽は影に覆われる。
敵の先頭に立つのは、かつて闇炎を掲げた仮面の男。
その手の炎は、以前よりも大きく、荒れ狂っていた。
「白炎の器よ! 均す力など無意味だ! 我らは断絶を選び、すべてを壊して新たな秩序を築く!」
叫びとともに、黒炎の波が押し寄せた。
民は悲鳴を上げ、兵たちが盾を構える。
俺は保存庫を開いた。
白炎が翼のように広がり、空を覆う。
黒炎と白炎が激突し、轟音が大地を揺らす。
「リオン!」
サラが剣を振るい、黒炎に包まれた兵を斬り払う。
だが彼らは倒れても立ち上がる。
闇炎に操られているのだ。
人間というより、炎の傀儡。
「……調律するしかない!」
俺は白炎を放ち、黒炎の兵を包み込む。
すると彼らの目から光が抜け、膝をついた。
闇炎が剥がれ落ち、ただの人へと戻っていった。
だが、仮面の男は嗤った。
「人を救うか? 甘い。白炎は必ず揺らぐ! お前の心が憎しみに染まれば、炎は闇へと変わる!」
その声が胸を刺す。
確かに俺の心には恐れと怒りがあった。
この戦いが続けば、誰かを失うかもしれない。
その想像だけで、心は黒く染まりかける。
「リオン!」
サラが叫ぶ。
「忘れるな! あなたが望んだのは人を均すことじゃない――守ることだ!」
その声が俺を引き戻す。
白炎が再び明るさを取り戻し、黒炎を押し返していく。
戦場は光と闇の奔流に飲み込まれ、兵も民も息を呑んで見守った。
白炎と闇炎、二つの火が国そのものの未来を揺るがしていた。
保存庫の奥で、白炎が震える。
まるで「次の選択をせよ」と告げているかのように――。
(つづく)




