第20話 闇の刃
王都に役目を得て数日。
市場の混乱は収まり、人々は「保存庫の人」を讃える歌を口ずさむようになっていた。
だが、その明るさの裏で、俺の背筋には常に冷たいものが張り付いていた。
――見られている。
夜道を歩けば、視線を感じる。
食卓に座れば、足元で靴音が消える。
気のせいではない。
サラも同じ感覚を抱いていたのだろう。
灰色の瞳を鋭く光らせ、低く告げた。
「リオン、油断するな。必ず暗殺が来る」
その夜。
王宮の客間で眠りについたとき、耳にわずかな金属音が響いた。
息を潜め、保存庫に手を差し入れる。
暗闇の奥で白炎が揺れ、掌に温もりを宿した。
次の瞬間――窓ガラスが割れ、黒装束が飛び込んできた。
刃が月光を反射し、俺の喉を狙う。
「保存庫を渡せ!」
声は低く、怒りに震えていた。
俺は咄嗟に白炎を掲げた。
光が走り、刃は鈍り、動きが遅くなる。
「な……体が……!」
その隙にサラが飛び込み、剣を弾き飛ばした。
廊下に出ると、すでに数人の黒装束が待ち構えていた。
手には短弓と毒の塗られた刃。
狙いは俺ただ一人。
「リオン、後ろへ!」
サラが叫ぶ。
だが俺は首を振った。
「いや……俺も戦う!」
保存庫から取り出したのは――香草粉と油袋。
投げつけて火を放つと、炎と煙が廊下を覆う。
黒装束が咳き込み、足を止めた。
その隙にサラが突き進み、鋼の閃きで敵を倒していく。
最後に現れたのは、赤い仮面を被った刺客だった。
黒装束たちとは違い、鎧に紋章が刻まれている。
――貴族直属の暗殺者。
「保存庫を王家に渡さぬ限り、貴様の命は長くない」
仮面の奥から響く声は、冷え切っていた。
槍が突き出され、壁を砕く。
俺は必死に保存庫を開き、白炎を手にする。
だが今回は、炎はただ燃えるだけではなかった。
掌から零れた光が糸のように伸び、槍を包み込む。
金属が軋み、性質が変わっていく――錆び、崩れていく。
「なに……!?」
仮面の男が驚愕する。
サラが間髪入れずに踏み込み、剣を突きつけた。
「ここで退け。次は命を奪う」
男は低く笑い、煙玉を投げて姿を消した。
静寂が戻る。
俺は荒い息を吐き、震える手を見下ろした。
「……炎が、物を……変えた?」
保存庫の奥で白炎が淡く脈打つ。
それはただ保存するだけでなく、物の性質そのものを変質させる力へと変わり始めていた。
サラが真剣な瞳で告げる。
「リオン。あなたの力は、もう国を揺るがすほどに成長している。――だからこそ、守らなければならない」
俺は深く頷いた。
静かに暮らすという願いは遠い。
けれど、この力を放り出すことはもうできなかった。
その頃、王宮の地下。
カーヴェル侯は暗殺者の報告を受け、低く笑っていた。
「炎が進化している、か。……面白い。ならば次は評議会そのものを揺るがしてやろう」
暗闇に響いた笑みは、冷たく不気味だった。
(つづく)




