第19話 食を守る者
北の村を救って三日後。
俺とサラは、村人たちの見送りを受けながら王都への道を戻っていた。
白炎の光を見た人々は皆、手を合わせ、口々に感謝を述べた。
王の言葉が広間に響いたあと、ざわめきは長く続いた。
民衆の歓声が城外から押し寄せ、窓ガラスを震わせている。
一方で、貴族たちの顔には屈辱と焦りの色が浮かんでいた。
王は手を上げ、静寂を促す。
「リオン・グレイ。汝を“食を守る者”とする。王命において、飢えに苦しむ地へ赴き、保存庫の力を振るえ」
その宣言に、民衆は歓喜の声を上げた。
だが、貴族の一人が唇を噛み、低く呟いた。
「……一人の流れ者に、国を左右させるなど」
その目には憎悪が宿っていた。
俺はそれを感じ取り、胸の奥に重さを覚える。
儀式の後、王宮の客間でサラと向かい合った。
白い壁に灯りが揺れ、外からはなお民衆の声が届いていた。
「……これで正式に、国の役を与えられたな」
サラは微笑む。だが瞳の奥は真剣だった。
「だが同時に、あなたは標的になった。力を欲する者は、これからさらに増える」
「わかってる。だけど……逃げるわけにはいかない」
保存庫の奥で白炎が淡く脈打つ。
それはまるで、覚悟を確かめるように。
数日後。
王都の市場で俺は初めて“役目”を果たした。
塩が高騰して干し魚が売れ残り、悪臭を放ち始めていた。
俺は保存庫を開き、魚を沈める。
取り出したときには臭いは消え、瑞々しさが戻っていた。
「……売れる! これなら売れるぞ!」
商人が歓声を上げ、人々が次々に買い求める。
広場に笑顔が広がる。
その光景に、胸が熱くなった。
――静かに暮らしたいという願い。
それはもう、民の笑顔を守ることと同じ意味になり始めていた。
夜。
王宮の一室でサラと並び、窓から灯火の海を見下ろしていた。
彼女は静かに言った。
「リオン。あなたの力はもう、国の根幹に触れようとしている」
「……怖いな」
「怖いからこそ、護るべきものを見失わないで」
灰色の瞳が月光を映し、強く輝いていた。
その視線に支えられ、俺は深く頷いた。
だが同じ頃、王都の地下では別の評議が開かれていた。
燭台に照らされた密室で、カーヴェル侯を中心に貴族たちが集まる。
「王は保存庫を国に迎え入れた。だが……」
「危険すぎる。力が王に忠誠を誓うとは限らぬ」
「ならば――闇で葬るしかない」
杯を打ち鳴らし、憎悪の声が響く。
その影は静かに、だが確実にリオンへ迫っていた。
保存庫の奥で、白炎がふっと揺らめいた。
まるで、迫り来る嵐を知らせるかのように。
(つづく)
「リオン様……どうか、また戻ってきてください!」
「あなたのおかげで子供が笑えます!」
その声に胸が熱くなる。
俺は英雄ではない。
ただ、飯を守りたいと願っただけだった。
けれど、その力は確かに人を救った。
――だから、今度は王都で示さねばならない。
王都の門にたどり着いたとき、予想外の光景が待っていた。
群衆が集まり、俺の名を呼んでいたのだ。
「保存庫の人だ!」
「村を救った英雄!」
「塩に頼らず生きられると証明してくれた!」
歓声は嵐のように広がり、兵士たちでさえ押しとどめるのに苦労していた。
サラが小さく呟く。
「……もう噂は広まっている。民はあなたを選んだのよ」
俺は拳を握りしめ、群衆に向かって頭を下げた。
王宮。
再び大広間に集まった貴族たちの顔は、怒りと焦りで歪んでいた。
王座の前に立つ俺を睨みつけ、口々に叫ぶ。
「まやかしだ!」
「塩を軽んじれば国が滅ぶ!」
「庶民を扇動する気か!」
だが、扉の外から民衆の声が響いてきた。
「リオンを信じろ!」
「保存庫があれば飢えはない!」
大広間の壁を震わせるほどの声援。
貴族たちの顔が青ざめていく。
玉座に座る王が、静かに口を開いた。
「三つの村を救ったと報告を受けている。事実か?」
「はい」
俺は深く頷き、保存庫を開いた。
取り出したのは清らかな水と、澄んだ麦、そして白炎を宿した薬草。
王の前で示すと、光が広間を照らし、兵や召使いの顔に驚きが走る。
「これが……保存庫の力か」
王の声は低く響いた。
だが、その瞳にはわずかな笑みが浮かんでいた。
カーヴェル侯が一歩進み出る。
敗北の影を残しつつも、なお声を張り上げる。
「陛下! この力を一人に任せるのは危険です! 必ず国の管理下に置かねば!」
広間がざわめく。
だが王は首を振った。
「否。保存庫はリオン・グレイ自身の力。奪うことはできぬ」
その言葉に侯の顔が歪む。
そして王は、俺に向けて告げた。
「リオン。お前に新たな役を与える。――“食を守る者”として、この国の民を飢えから救え」
その瞬間、広間にどよめきが広がった。
民衆の歓声が城外から押し寄せる。
貴族たちは顔を青ざめさせ、サラは微笑んだ。
「……やったな、リオン」
俺は拳を握り、深く息を吐いた。
静かに暮らすという願いは、もう遠い。
だが――この力で救える命があるなら、歩みを止めるわけにはいかない。
保存庫の奥で、白炎がひときわ強く輝いた。
(つづく)