第16話 三つ目の村 ― 病の蔓延
最後の村は王都の北に広がる荒れ地にあった。
痩せた土に小さな家々が並び、人影は少ない。
村へ近づくと、咳き込む声や呻き声が風に乗って聞こえてきた。
「……匂いが違うな」
俺は立ち止まり、胸の奥がざわめいた。
食糧や水の腐敗とは異なる、刺すような臭気。
サラが剣に手をかけながら呟く。
「病だ。飢えと水の腐敗で弱った体に、流行り病が広がっている」
村の広場に足を踏み入れると、痩せた人々が藁の上でうめいていた。
子供も老人も、肌は青白く、額には汗が滲んでいる。
その光景に胸が締めつけられる。
保存庫で腐敗を止めることはできても、病を治すことは――。
長老らしき男が震える声で言った。
「……噂を聞いた。保存庫の力で、この村も救ってくだされ」
俺は拳を握り、答えた。
「やってみる。できるかは分からないが、諦めるわけにはいかない」
サラが隣で強く頷く。
「リオン、あなたはここまで二つの村を救った。きっと道はある」
俺は保存庫を開いた。
白炎が静かに揺れ、闇を照らす。
そこに麦や水を入れると、より澄んだものとして返ってくる。
なら――病に触れた物を入れたらどうなる?
恐る恐る、血に濡れた布切れを保存庫に沈めた。
白炎がそれを包み、やがて清らかな布として戻してきた。
汚れも臭気も消え、まるで新しい布のようだ。
「……浄めた?」
試しに薬草を入れてみる。
すると香りが濃くなり、力が増しているのが分かった。
「これなら……」
俺は薬草を煎じ、浄めた水で煮立てた。
香りが広場に漂い、病床の子供に一口飲ませる。
しばらくして、荒かった呼吸が落ち着き、頬に赤みが戻った。
「……楽になった」
母親が涙を流し、子供を抱きしめる。
その姿に周りの人々が歓声を上げた。
「病が和らいでいる!」
「神の恵みだ!」
俺は必死に薬を作り続け、サラや村人たちがそれを配った。
夜が更けるころには、多くの人々の顔に光が戻っていた。
だが、安堵も束の間だった。
村の外で馬の嘶きが響き、松明の列が近づいてくる。
黒装束だけではない。
赤い外套を纏った者たち、そして術師の影。
その先頭に立っていたのは――カーヴェル侯だった。
砦で敗れ、王都で敗れ、それでも諦めぬ執念の瞳。
「保存庫の力……やはり恐ろしい。だが今ここで奪えば、我らのものとなる!」
剣が抜かれ、術師の杖が光を帯びる。
村人たちが悲鳴を上げ、俺は保存庫に手を伸ばした。
白炎が闇を照らす。
その光は以前よりも強く、温かく燃えていた。
「……来い。俺は逃げない」
サラが剣を掲げ、俺の隣に立つ。
「ここで終わらせよう。あなたの保存庫は奪わせない!」
村人たちの瞳に光が宿り、次々と立ち上がる。
病に苦しんでいた彼らが、希望を取り戻していた。
決戦の火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
(つづく)