表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/36

第14話 追跡の刃

 夜明けと同時に、俺とサラは盗まれた食糧を追った。

 草に残る足跡は深く、荷を抱えて急いだせいか方向も乱れている。

 それでも森の奥へ進んだことは確かだった。


 鳥の声もない薄暗い林。

 湿った土の匂いと、焦げたような煙の痕跡が漂っていた。


「焚き火をした跡……奴らはここで休んでいったな」

 サラが地面に膝をつき、灰を指でつまむ。


「まだ温かい。そう遠くへは行っていない」


 心臓が早鐘を打つ。

 盗まれた食糧がなければ、村はまた飢える。

 絶対に取り戻さなければならない。


 森を抜けると、小さな渓谷が広がっていた。

 岩壁に囲まれた野営地。

 塩商会の黒装束たちが荷を積み替えている。

 十人以上。剣も弓も備え、待ち伏せをしているのが一目でわかった。


「厄介だな……」

 俺が呟くと、サラが静かに剣を抜いた。


「正面から突っ込めば無謀。でも、保存庫があれば策は立てられる」


 俺は深く息を吸い、保存庫を開いた。

 暗い空間から引き上げたのは――麦袋を詰め込んだ木箱。

 それを崖の上から投げ落とす。


 轟音と土煙。

 敵が一斉に顔を上げ、混乱する。


「今だ!」


 サラが飛び込み、剣が閃く。

 俺は保存庫から香草粉の袋を次々と投げ、煙幕を張った。

 咳き込む敵兵の間を縫うように、食糧の荷を取り返す。


 だが、渓谷の奥から別の影が現れた。

 重厚な鎧をまとい、赤い布を肩に掛けた男。

 背には塩商会の紋章。


「辺境での敗北を雪いでやる……保存庫の主!」


 鋭い槍が唸り、地面を抉った。

 俺は咄嗟に身を引くが、土煙に巻き込まれる。


「リオン!」

 サラが盾のように前に立ち、槍を弾き飛ばす。


「下がれ、これは私が――」


「いや、俺もやる!」


 保存庫を開き、炎の気配を探る。

 そこにはまだ、あの白炎が静かに灯っていた。

 俺は手を差し入れ、ほんのひとかけらを掬い上げる。


 掌の上で炎は揺らぎ、柔らかい光を放った。


「なに……?」

 槍の男が一瞬たじろぐ。


 俺は叫びとともに炎を投げ放った。

 白炎は渦を巻き、煙幕と混ざり合い、視界を奪う。

 しかし燃やすことも凍らせることもなく、ただ相手の力を鈍らせる。


「体が……重い……!」

 男が呻き、膝をついた。


 サラが一気に踏み込み、剣を突きつける。


「これ以上の妨害は許さない。退け!」


 黒装束たちは動揺し、次々に武器を投げ捨てた。

 槍の男も唇を噛み、後退するしかなかった。


 村に戻ったとき、人々は歓声で迎えた。

 取り戻した食糧を分け与えると、子供たちは笑い、老人は涙を流した。


「これで……生き延びられる……!」


 その声を聞きながら、胸に温かなものが広がる。

 だが同時に、心の奥には冷たい影も残った。


 保存庫は炎すらも調律する。

 だが、その力を知った者たちは、さらに執拗に追ってくるだろう。


 夜。

 焚き火の明かりの中で、サラが口を開いた。


「リオン。王の試練はまだ二つ残っている。だが……これはもうただの試練じゃない」


「どういうことだ?」


「王はきっと知っている。貴族たちがあなたを潰そうとすることを。――これは、国を揺さぶる“ふるい”だ」


 彼女の灰色の瞳が焚き火に映え、揺れていた。

 その言葉の意味を噛みしめながら、俺は保存庫の奥を見つめる。


 そこには白炎が静かに燃え、次の試練を待つかのように光っていた。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ