第13話 王の試練
王の声が広間に響き渡った。
重苦しい空気の中で、民衆も貴族も息を呑む。
「リオン・グレイ。お前には一月の猶予を与える。その間に――飢えに苦しむ三つの村を救え」
ざわめきが広がった。
飢饉に見舞われた村は、王都の周辺にいくつもある。
塩も糧も尽き、病が広がっていると聞いた。
「もし成し遂げれば、お前の力を国のためと認めよう。だができぬなら、ただの虚言として捕らえる」
王の瞳は鋭く、それでいて試すような光を宿していた。
広間を出た後、俺とサラは渡り廊下を歩いていた。
外の庭園には薔薇が咲き誇り、噴水がきらめいている。
だが、心は重かった。
「……罠だな」
俺が呟くと、サラが頷いた。
「貴族たちは必ず妨害する。特にカーヴェル侯。塩商会を守るためなら何でもするだろう」
「それでも行くしかない」
「ええ。だが覚悟して。これは辺境の戦いより厄介よ。剣だけでなく、策と信頼が要る」
サラの灰色の瞳は、揺らぎなく俺を見つめていた。
その強さに背を押され、俺は拳を握る。
最初の目的地は、王都から半日の距離にあるハルナ村だった。
麦畑は枯れ、井戸は涸れかけ、子供たちは痩せ細っている。
俺は保存庫を開き、麦と肉を取り出した。
焚き火で粥を作り、香草を加える。
湯気が立ち上り、匂いが広場を包む。
最初は疑っていた村人たちも、一口食べると目を見開き、次々に器を差し出した。
「……生き返るようだ!」
「塩がなくても、こんな味が……!」
笑顔が広がる。
それは確かに命を救う光景だった。
だが、夜になると村が騒然となった。
倉の扉が壊され、保存庫から取り出した食糧が盗まれていたのだ。
逃げた足跡を追うと、闇の中で影がうごめいていた。
黒装束の男たち。
その胸には、塩商会の印が縫い込まれていた。
「やはり……妨害してきたか!」
サラが剣を抜き、火花が散る。
俺は保存庫から煙幕袋を取り出し、地面に叩きつけた。
刺激臭が立ちこめ、男たちが呻く。
「退け!」
サラの剣が閃き、敵は闇に逃げた。
だが、食糧の一部は奪われたままだった。
焚き火の前で、俺は膝を抱え込んでいた。
救ったはずの村に、また不安が広がっている。
盗まれた食糧を取り戻さなければ、数日はもたない。
サラが隣に腰を下ろし、静かに言った。
「リオン。これは試練。力だけではなく、心を試されている」
「……心?」
「あなたは民の笑顔を守れるか。貴族の策謀に屈せず、信頼を掴めるか。――それを王は見ているのよ」
灰色の瞳が焚き火に照らされ、炎の色を宿す。
その言葉に、胸の奥で小さな炎が燃え始めた。
俺は立ち上がり、保存庫を開く。
白炎が静かに揺れ、希望の光を放っていた。
「……必ず救う。塩に縛られない未来を、この手で」
夜空に星が瞬き、遠く王都の尖塔が闇に浮かんでいた。
(つづく)