第12話 王都の門をくぐる
王都の城壁は、砦の倍はあろうかという高さで天を遮っていた。
門前には商人や旅人の列ができ、兵士が一人ひとりを検めている。
香辛料の匂い、獣の鳴き声、馬車の軋み――活気と混乱が入り交じる空気。
俺とサラが列に並ぶと、周囲の視線が集まった。
辺境守の外套を羽織ったサラは目立ち、俺も噂の「保存庫の人」として知られ始めているのだろう。
兵士が近づき、低く言った。
「リオン・グレイ。王都評議会より召喚命令が出ている。すぐに王宮へ同行願おう」
拒む余地はなかった。
俺たちはそのまま馬車に乗せられ、王都の石畳を進んでいった。
王宮の広間。
高い天井から垂れる大きなシャンデリア。
壁には豪奢な織物と剣が飾られ、赤い絨毯の上には貴族たちが並んでいた。
中央の席に座るのはカーヴェル侯。
その口元には、砦で見せた怒りではなく、冷たい笑みが浮かんでいた。
「ようこそ、リオン・グレイ。……いや、“保存庫の主”よ」
視線が一斉に集まる。
重苦しい圧力が胸を押し潰そうとする。
老貴族が声を張った。
「お前の力はすでに王都に知れ渡っている。塩の独占が崩れれば国の秩序が乱れる。ゆえに、保存の術を王家に献上せよ」
「できない」
即答だった。
広間にざわめきが走る。
「なぜだ!」
「これは俺自身のスキルだ。渡せと言われても渡せない。……それに、民を飢えさせて得る秩序など間違っている」
言葉は自然に口をついて出た。
広間の一角で、召使いや書記官がわずかに顔を上げた。
彼らもまた、塩不足に苦しむ庶民なのだろう。
カーヴェル侯が立ち上がり、声を響かせる。
「王都は塩で成り立つ! それを否定する者は、この国を壊す反逆者だ!」
剣が抜かれ、兵士が広間を囲む。
サラが俺の前に立ち、鋭い声を放った。
「ここは辺境守の名において抗議する! 彼は反逆者ではない!」
だが、貴族たちは動じなかった。
むしろ笑みを浮かべ、口々に囁く。
「辺境守など地方の小勢力にすぎぬ」
「保存庫を奪えば、民心も操れる」
そのとき、広間の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、ぼろ布をまとった民衆の一団だった。
手には鍋や棒を握り、疲れた顔に必死の光を宿している。
「待ってくれ!」
「リオンの保存庫で助けられた!」
「塩がなくても、子供が飯を食えるんだ!」
声は次々に重なり、広間を揺るがした。
兵士たちが戸惑い、貴族たちが顔をしかめる。
俺は思わず一歩踏み出し、声を張った。
「俺の保存庫は、民のためにある。王都の権力の道具じゃない!」
広間に沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、王座の奥から響いた低い声だった。
「面白い」
姿を現したのは、王冠を戴く若き王。
凛とした瞳で俺を見据え、口元に笑みを浮かべる。
「ならば問おう、リオン・グレイ。お前の保存庫は、国を救えるか?」
広間がざわめきに包まれる。
貴族も民も、息を呑んで王の言葉を待っていた。
俺は拳を握り、心の底から答えた。
「……救ってみせる。ただし、民を飢えさせない方法で」
王の瞳に光が宿る。
そして静かに告げた。
「よかろう。ならば、お前には試練を与える」
その瞬間、運命が大きく動き始めた。
王の命による「試練」。
それはきっと、塩商会も、貴族も、すべてを巻き込む争いになる。
保存庫の奥で、白炎がゆらりと揺れた。
まるで「逃げるな」と囁くように。
(つづく)