第11話 王都への道
砦を出て数日。
俺とサラは、王都へ向かう街道を進んでいた。
石畳は次第に整い、道の両脇には畑や小村が広がる。
辺境の荒々しさとは違い、どこか落ち着いた景色だ。
だが、その平穏の裏に陰は潜んでいた。
村人たちの顔はやつれ、麦の穂は痩せ、倉の扉には南京錠がかけられている。
「……塩が足りないのか」
俺が呟くと、サラが頷いた。
「王都の商人は利を優先する。塩は軍に回され、民には残らない。腐敗した食糧を口にするしかないのだ」
村の子供が咳き込み、母親が胸を叩いて宥めている。
その痩せた姿に、胸の奥が痛んだ。
村の広場に荷を下ろし、俺は保存庫を開いた。
取り出したのは干し魚と麦。
保存庫に入れて数日経ったそれは、瑞々しく香りを帯びていた。
大鍋に水を張り、火を起こす。
香草を刻み、麦を煮込み、干し魚を裂いて入れる。
湯気が立ち上り、匂いが広がる。
「これを……食べてみてくれ」
差し出した椀を、村人たちは恐る恐る受け取った。
最初の一口で、子供の目が大きく見開かれる。
次の瞬間、夢中でかき込んだ。
「……おいしい!」
母親の頬に涙が伝う。
周りの人々も次々に椀を受け取り、笑みが広がっていった。
サラが静かに呟いた。
「リオン。あなたの保存庫は兵だけでなく、民をも救う」
「……俺は飯を守りたいだけだ。兵でも民でも、飢えなくて済むならそれでいい」
灰色の瞳が柔らかく揺れる。
その視線に、言葉を失った。
夜。
焚き火の傍で休んでいると、道化のような旅人が近づいてきた。
色あせた外套に笛をぶら下げた男。
「旅の方々。……王都へ向かうのですか?」
「ああ」
俺が答えると、男は笛を鳴らしながら笑った。
「ならばお気をつけなさい。王都では噂が広まっている。『塩を凌ぐ力を持つ男がいる』と。……その首を狙う者も少なくない」
笛の音が夜風に溶け、冷たい響きを残す。
男は踊るように立ち去った。
サラが剣の柄に手を添え、俺を見た。
「狙われるぞ。王都に着く前に、何度も」
「……覚悟はできてる」
保存庫の奥底で、白炎がゆらゆらと揺れていた。
その光は俺に答えるように、温かく燃えている。
翌朝。
王都の尖塔が、霧の向こうに見えた。
高くそびえる城壁と、金色に輝く屋根。
だがその輝きの下に、どれほどの陰謀が渦巻いているのか。
俺は拳を握り、深く息を吐いた。
「……行こう」
「ええ。ここからが本当の戦いよ」
サラの剣が陽を受けて光る。
保存庫を抱え、俺は王都の門へと歩を進めた。
(つづく)