金風ノ終-居場所-
あぁ……笑い声がする。
義母様の歌声。
優しい風の音。
さざ波にも似た、柔らかく揺れる稲穂の音。
ここはあの部屋だ。
一枚だけ布団の敷かれた、狭い間取り。
薄い襖一枚隔てたあの向こうに、私の大切な者たちがある。
いつもここでこうして見ているだけ。
あの人の帰りを夢見て、ずっと襖の向こうの金の世界を目に浮かべて。
でも今日はその襖が開かれた。
目映い太陽の色が薄暗い部屋に満ちあふれて、逆光の大中小三つの影がひょっこりと部屋を覗いている。
そして中くらいの一人が手招きし、小さな影が手を伸ばし、そして大きな影があれほど待ちわびたあの人の声で、とても優しく私の名を呼んだ。
「おいで。沙代」
あれほど重かった身体は綿のように軽い。
鎖で縛られたようなしがらみも、意識が朦朧とすることもない。
布団を出るのはこんなに簡単だっただろうか。
自分の足で歩くのが、こんなに喜ばしいことだったろうか。
あの人の所に、私の家族の所に、戻るのがこんなにも私の身体を突き動かす。
私の家族。
私の愛しい人達。
彼らの未来を見ていたい。ずっとずっと。時を歪めたって構わない。
でも、時を歪めれば彼らが悲しむ。
それは嫌だ。
彼らの悲しむ顔は見たくないもの。
だから……
「沙代!分かるか!」
「…………直崇……さん?」
身体は重い。
手足には鎖が巻き付いているよう。
外から聞こえる金の細波。
暗い狭い部屋。
でも目の前には必死な顔をしたずっと会いたかった人の顔があって、沙代はほろりと涙をこぼした。
「お帰りなさい」
「遅くなって……すまない」
「私の所為だわ……だから、謝るのは私の方」
あの子の言った通りだ。
声ばかりのあの場所より、こうやって一瞬だけでも見えた方がこれほど嬉しい。
会話が出来る事が……お帰りなさいと言えたことが、ずっと幸せに思える。
「レンは?義母様は?」
「母様、ここにいるよ」
顔を動かすのも億劫で視線だけで姿を探したが、すぐに沙代の視界にレンとミツの顔が現れた。
沙代の狭い視界の中に、三人頭を付き合わせて、みんな泣きそうな顔して。
それがなんだか可笑しくて、思わず口元が緩んでしまう。
「レン……泣かないで」
重い手を伸ばして、歯を食いしばって一生懸命堪えているにも関わらず流れるレンの涙をそっと拭いた。
「母様。俺、ずっと母様と話したかった」
「そうねぇ…………母様もよ」
「…………」
レンはそれ以上何も言わない。
だから沙代は涙を拭いた手でそのままレンの頬を撫で、そのまま頭に持っていて柔らかい髪の毛を撫でた。
「もう話せないわね……でも、母様はずっとレンの姿を見ているから。義母様」
「なんだい?」
「レンをよろしくお願いしますね」
「もちろんですとも」
それに安心したように、沙代はふぅっと息を着いて目を閉じた。
「ずっと見ているわ。……夢が終わっても、時が戻っても、ずっと……」
夢を見ていた。
狭い部屋の暗い場所から、ずっと眩しい外の世界を想像している夢。
義母の歌声と、細波の音と、レンと直崇の笑い声だけが届く部屋。
みんなあの黄金色の波の中にいる。
なら、私は…………
あの黄金色の波になる。
「やっと見つけた」
私の居場所。
大切な物を見続けられる、たった一つの場所。
金風ノ波。
んー、この後いろいろ書き直すかもしれません。
話ぐっちゃですからねぇ……




