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時宮  作者: 鷹凪 悠
金風ノ章
11/26

金風ノ壱-狸-

「ばあさま!取ってきた!」


手に沢山の草を掴んで、幼い少年は手を振った。

辺りは収穫を今か今かと待つ黄金の稲穂の絨毯が広がっていて、赤く染まった空を、同じように赤いトンボがすいっと飛んでいく。


少年が走る先には一軒の茅葺き屋根の家が見えて、その軒下では七十前後の老婆が日干しにしていた薬草を取り込んでいた。


「お帰りレン。どうじゃったね?」


そういう婆様の元に息を切らしてたどり着き、少年は何も言わないまま手を広げて見せた。


「おお!良いものじゃ!これを干せば良い薬になろうて」


「母様も治るかな?」


「治るとも。さぁ、手伝っておくれ」


「うん」


もう殆どが取り込まれていて、未だ干されているものはあと少しだ。

これで薬の材料は揃ったし、後は数日陽にさらして、出来上がるのを待つばかりだ。

病床の母が治ると思うとレンは嬉しくなって、取り込む手も自然と速まる。これで早く薬が出来るわけではないけれど、でも気がはやって仕方がない。


「そういやさ、今日山で小さい祠を見つけたんだ。小さい泉の側の、木の根っこのとこに」


「どこの山だい?」


「ほら、あそこの真正面に見える……」


そう指を指した先は、幾つかの小さな山の向こうにそびえる、この辺りでは一番大きな山だった。その所為というわけでもないだろうが、山はどこよりも豊かでこの時期は木の実やキノコが沢山採れる。春になればどの山よりも美しく花が咲き乱れ、沢山の山菜を与えてくれる恵みの山。


「あそこは霊山だからねぇ。ここらの土地を護って下さる神さんが奉ってあるんだよ」


「ふぅん。その割には随分寂れた祠だったけどな。ボロボロで、扉も外れていたし」


木の根に呑み込まれ掛けたその祠は、雨に晒され色あせて、屋根だって穴だらけで土台の木は腐って今にも崩れてしまいそうだった。

神の住処と言うよりは、その抜け殻といったほうがしっくり来る。


「ホントに神さまが住んでるの?」


あんな所に?と、レンは首を傾げながら霊山を見た。



その頃その霊山の祠の前にある泉が月の光を放ち、そこから二人の人が吐き出された。

一方は比較的上等な着物を着た少女で、もう一人は腰に二振りの刀を携えた背の高い青年で、彼らは水から出てきたというのに服も髪も全く濡れておらず、まるで体重が無いかのように水の上を渡って地上に足を着いた。


少女は青年から離れて赤い葉の落ちる泉を見渡し、ここには初めて来たのに懐かしい気持ちになる。懐かしむ場所さえ、つい一日前に後にしたばかりなのに。


「蟲が多い」


「霊山だから当然だ。紫苑、もうちょっと泉から離れて。この土地の時宮が来る」


言うが早いか、一度光を失った泉が再度淡い青の光を放ち初め、紫苑は驚いて慌てて狗の元へ駆け寄った。そして、泉からせり上がってきたそのあまりにも巨大な体躯に、紫苑は目を丸くして言葉を失う。


真っ白な毛に覆われた身体は泉の創り出した狭い空間にやっと入るほどの大きさで、長い尾は一振りしただけで辺りの木々の葉の殆どを地面に落とした。瞳は鳳天女に負けないほど明るい緑色で、春の深緑を思わせる。


「……狸?」


そこだけ唯一黒い鼻をヒクヒクさせて見下ろすそれは、色や大きさこそ違えど、間違いなく狸だった。光の消えた泉の底にそのまま座り込んで、二つの大きく広い尻尾をふわりと揺らす。


「お久しぶりですハンリ様」


「なんだ狗か。久しいの。ではこの娘が春宮か」


明るい緑の瞳がすっと狗から外れ、その隣の未だ驚愕したまま固まっている紫苑に移った。開いた口には鋭い牙がびっしりと生えていて、それを注視したまま紫苑は少しだけ顔を見せて狗の着物にしがみつく。


「し……紫苑と申します」


「薺殿から聞いておるよ。その姿が本来のお姿か?」


「え?あぁ、はい。そうです」


一瞬何言ってるか分からなかったけれど、そう言えば狗たち焔はその時に併せて見た目年齢が大きく変わるのだと言うことを思い出した。具体的にどういう時、どう変化するのかは分からないけれど。


「随分お若いな。狗と同じか、それよりも幼いだろうに。狗は幾つだったかな」


「僕は二十歳ですよ」


「あら。じゃあ私より三歳年上だわ」


「十七歳か。まだまだ幼い年頃だろうに、よくぞ辛い役目を引き受けたものだ」


「というより、まだよく実感が湧かないみたいです。母が目の前で倒れていた時は訳も分からず涙が出たけれど、やっぱり死んだなんて思えないし、あの赤い彼女を追うように言われたけれど、具体的にどう追えばいいのか、まだ全然分からなくて」


少し話すと、目の前の時宮に対する恐怖は消えて、紫苑は自然と狗の陰から出てきた。話しが通じるのだから人間と変わらない。それにサネと同じように、とても暖かい話し方をする。


「あまりに多くのことが一気に起これば当然理解も追いつかぬ。狗がここに連れてきたのも何か考えがあってだろう。時とは度し難きもの。そして決して理解が及ばぬものだ。時を渡る者は、それを自分なりの理解を得ることで渡る。ここで主が何かを得られればよいが」


「あなたの時の内に置いていただけること、感謝します」


「礼儀正しい娘だ。しかし、ここの時を知るのは構わぬが、去るまでに必ずわたしが構築した時を直していっておくれ。それをせず立ち去れば、わたしはお前を許さない」


「はい」


「ふふ……ここはあの恥知らずの女とは無縁の地。役割を果たしてさえくれれば好きなだけいてくれて良い。しかし例え同じこの場所であっても、再び時を渡ればわたしが作った時はまた崩れる。これはどの時に対してもそうだが、時を渡るたびしっかりと修復しないと、その地の時宮に敵視されるから気をつけなさい」


「はい。色々ありがとうございます。それで、今回私たちはどの時をどうやって直せば良いのでしょうか」


ふむ、とハンリと呼ばれた巨大な狸は、ふわふわと尻尾を揺らした。


「山を下りたところに町があり、そこから少し来たに離れた田園のただ中の一軒の茅葺き屋根の家に、三人のヒトが住んでいる。そこへ行けば何が起こっているかは分かるだろう。直す方法は基本的な回帰の療法。意味は狗が知っているから、しっかり直していっておくれ」


はいっと返事を返すと、ハンリは満足そうに目を細めて笑ったように見えた。


「では、何か困ったことがあればいつでもおいで。しばらくはわたしもこの時にいるゆえ」


「ありがとうございます」


「ではな」


ふわりと尾が振られ、紫苑の視界は真っ白になった。そしてそれが無くなった時には泉には何の姿もなく、ただ柔らかい尾のような穏やかな風が頬を撫でた。

その風が消えるのを待ってから狗は紫苑に向き直り、驚いた?と可笑しげに笑った。


「だって、時宮って人間だけだと思ってたから」


「僕も全て把握している訳ではないけれどヒトは半分くらいかな。ひょっとしたらもっと少ないかも。僕の知っている時宮は二人しか人がいないしね。大抵はハンリ様のような獣が多い」


「ハンリってどう書くの?」


「ハンは絆、キズナって言う字に、たぬきと書いて絆狸。大君の信頼篤く、時宮の中でもずば抜けて長い時と広大な土地を預かっている」


「へぇ……。それにしても、気持ちよさそうな毛並みだったわね」


「あははっ、そう言えば僕もまだ触ったこと無いなぁ」


狗は笑いながら祠の近くへ歩いていって、湧き水を受けている石の中に懐から出した竹の筒を沈めた。コポコポと空気の泡が竹の筒から出てくる代わりに水が中へ入り、泡が出てこなくなってから取り上げて、小さな穴に蓋をする。たぶん、飲み水だろう。


「絆狸様とは親しいの?」


「僕が初めて時を渡った時も絆狸様の管理する時だったんだ。それからもう何度も来てるけど、来る度に色々教わってる」


「そう。だから私をここへ連れてきたの?」


「それもあるけど、ここはキミが生きた時代とは大分違うと思うから、面白いかなと思って。町に降りてみれば分かるよ。行こう。山道は得意だよね」


「もちろん。ほぼ毎日サネの所に通ってたんだから」



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