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悪役令嬢、我に返る


「なんじゃこりゃー。あ。転生か」


 キャロルはある日気がついた。

 前世の記憶に。


 そしてその記憶によるとこの世界って乙女ゲームみたいだってことに。


 キャロル・アイスバーグは公爵家の長女だった。

 髪型こそ縦ロールではないけれど、なんか豪華すぎる衣装に身を包んでいるし魔法学園に通っているし婚約者は王子だし。



(乙女ゲームだったら悪役令嬢かな。つり目だから)

 キャロルの記憶もちゃんとあったから、ほぼ問題なくこの世界に適合できた‥はず。



 問題なのはこんなゲームやったことがない。前世の記憶で流れを修正とか無理。

 ちなみにまだ断罪はされていないよう。

 卒業パーティーまでは一年以上猶予があるから、今のキャロルでも何とかなるかもしれない。



(うむ、記憶の整理だ)



 キャロルの記憶から、目立つイケメンを探す。


 まずは婚約者の王子ブライアン、爽やか系。キャロルはテンプレ通り付きまとっていたから仲が悪い。


(あるある)



 次に宰相家の令息デイビス、長髪メガネ。ちょっと気取った嫌な奴。


(あいつ嫌い。こっちのことバカにするんだもん)



 騎士団長の息子エドワード。マッチョ、脳みそまで筋肉。


(バカだから嫌い)



 キャロルの義弟フィリップ、根暗。


(あんまりしゃべったことない)




(う‥これはやばい)

 ぱっと思いついた全員と仲が悪い。



(断罪を防ぐために、今までの行動を改めなくちゃ)



 *



 学校では取りあえず勉学にいそしむ。

 もちろん席は殿下の近くをさけて座る。



 キャロルは頭は悪くない。しかし今までは本人にやる気がそこまでなかった。


 元のキャロルは社交や会話術に重点を置いていた。

 教養はあるけれど、テスト勉強を頑張った記憶が薄い。


 普段まあ真面目に教育を受けているから平均の成績は維持できているが。



「キャロル様、最近座学も頑張っておいでですのよね」

 取り巻きたちも感心してくれる。


「それなのに、アルコバレーノ嬢は殿下たちを引き連れて‥ 恥ずかしくはないのかしら」


(アルコバレーノさんって確かピンクの髪の‥ あ、ヒロインだ)

 キャロルは確信した。



「わたくし、気にしないことにいたしましたの」

 本気を示すために、さわやかにほほ笑む。


「でも、殿下はキャロル様の婚約者で」

「かまいませんわ。別にそこまで王家にこだわりはありませんもの」



 断罪を回避できるなら。



 自室に戻ると、キャロルは自室でさまざまな小説やゲームの断罪ルートを思い出した。


(殺されるのは絶対に嫌だし、国外追放も嫌よね。修道院は退屈しそう。娼館送りは絶対無理‥ 年寄りの後妻に納まるってのもあったか)


 前世の記憶があるから、四十代の旦那くらいは許容できる。

(性格しだいよね。本当なら領地に引きこもっての田舎暮らしが理想だけど)



 この世界では独身女がのんびり暮らすのは難しい。


(婚活してみる? いや、まだ婚約中だから無理じゃん)


 とりあえず、大人しく勉強をしながら毎日を過ごす。



 *



「みなさん、二週間後には定期テストです。しっかり勉強するように」



(テストか、なつかしい)

 キャロルは思い出にひたりながら図書室に向かう。


(今なら前世の記憶もあるし、高得点ねらえるかも!)



 テスト前だからか図書室は混んでいる。

 歴史の本を探していると、急に話しかけられた。



「あなたがこの場所に来ても無駄なのでは」


 嫌味メガネのデイビス・ゲイルだ。


「うっ今までのわたくしとは違いますのよ」

 急いで言い返すが、デイビスは鼻で笑う。


「そうですか、結果が楽しみですね。ああ、学園の成績は買収できませんので。いくら公爵家でも不正を試みたら退学ですよ、お気をつけて」



 やっぱりキャロルはこいつが嫌いだ。


(ふ、方針変更。あいつをぎゃふんと言わせてやる)


 具体的には勉強で彼より高得点を取る。

 デイビスは全教科でトップファイブに入る秀才だ。


(数学なら中学くらいの内容だから勝てる。後は‥ 歴史かな)

 たとえ一教科でもデイビスの鼻をあかしたい。



 キャロルは本気を出すことにした。



 歴史の勉強は、一般的には暗記である。


 しかし前世の自分は単純暗記が病的に苦手だった。

 そしてその反動のせいか物語の記憶力は飛びぬけていた。


 つまり、王様の名前と功績だけでは覚えられないが、伝記を読んで性格や趣味、周りからの評価など情報量を徹底的に増やせば、忘れないのである。


 しかもついでに雑学も増える。



 その日から試験勉強だけでなく、手に入る伝記を読み漁った。

 ノートには偉人の名前だけじゃなく、伝記から得た豆知識もガンガン書いておく。

 女好きとか禿げてるとか偏食だったとか友達に裏切られたとか。



(学年末テストにしては範囲も狭いし、大変だけど何とかなりそう♪)



 そして満を持してテスト本番。


 前日は早めに就寝したし筆記用具も余分に持った。

 集中しすぎもミスの元だから集中力は70パーセントくらいに保ち、答案の見直しも忘れない。



「ふう‥ 大人げなかったかな」

 テスト結果が張り出されて、キャロルはため息をついた。



「ふ、ふざけるな!」

 デイビスが顔を真っ赤にして怒っている。


「なんであなたの点数がこんなに高いのですか! 不正をしたとしか考えられない」

「学園を買収できないとおっしゃったのはゲイル様ですよ」


 キャロルはどや顔をデイビスに見せつける。



 ちなみに数学と歴史は学年一位だった。

 前世でここまでの成績を修めたことはなかったから、キャロルは素直に喜ぶ。


 他の教科も順位は大幅アップだ。

 授業中は質問や発言をくり返していたからか、教師陣に不正を疑われることもなかった。


「僕が‥ 二教科もアイスバーグ嬢に負けるなんて‥」

「かわいい女の子にうつつをぬかしているからでは?」


 キャロルの嫌味に、デイビスは顔を引きつらせる。




(ありえないありえない)


 デイビスは試験結果を凝視した。

 トップファイブの常連に負けるのならまだ分かる。


 しかしバカにしていた公爵令嬢に負けるなんて、まだ信じられない。

 デイビスは教師に確認をする。


「本当に不正ではないのでしょうか」

「君の言いたいことも分かるがね」


 歴史の教師は困り顔で笑う。

「最近のアイスバーグさんは授業中私の間違いまで指摘するほど歴史に傾倒していてね。薦めた本も全部読んでいるようで、感想を次々とくれるのだよ」


 数学の教師もうなずいている。

「彼女がここまで変わるとは思わなかったわ。生徒の成長を見られるのはうれしいわねぇ」


 デイビスは蒼白になって職員室を後にした。



(いくら彼女が頑張ったからって、この僕が負けるはずない)


 そしてデイビスは思い当たる。



 自分が最近は男爵令嬢と一緒にいることを優先して、勉強をおろそかにしていたことに。


(今回は努力がたりなかったんだ)

 デイビスは迷いなく図書室に足を向ける。



 その後、ピンク髪の美少女の取り巻きから令息が一人減った。



 *



(断罪を防ぐためには、周りとのコミュニケーションも大切よね)

 キャロルの悩みは続く。


 コミュニケーション‥どうとればいいのだろうか。


(令嬢なんだから、お茶会かしら)



 とりあえず、一番予定が分かりやすいのは義弟だ。

 週末屋敷に戻ると、侍女にお茶の用意を命じフィリップにも誘いをかける。



「お招きありがとうございますキャロル様」


(うわ、義弟が他人行儀すぎる)

 キャロルは初っ端から引いた。


「お、おほほ、姉弟なんだからもっと気楽にしてちょうだい、わたくしのことも姉さんって呼んでよろしくてよ」


 フィリップはあからさまに警戒した目つきでにらんでくる。


「珍しいですね。ボクのことも母のことも認められていないと思っておりましたので」

「そっそれはその‥悪かったわ。お義母様とも、これからはもっと仲良くしていく所存です」


「はぁ? 今さら何の風の吹き回しだ」

 フィリップの言葉にトゲだけじゃなくて怒気もふくまれてくる。


「だから、今までのことを謝りたくて」

「ずっと無視してきて、今さらかよ」


 義弟はバンっとテーブルをたたくと、足早にキャロルの前から姿を消した。




 父親が再婚した時、キャロルはギャン泣きして新しい親子を拒絶した。

 それから三年、義理の家族は使用人棟に住んでいる。


 キャロルは義母と義弟に会うのを避けながら生活していた。



「どうせお金目当てなんでしょ」

「我が家を乗っ取る気ね」


 二人にはひどい言葉を投げつけた記憶もある。



(そりゃ嫌われるよねぇ)

 がっくりしたけど、キャロルはあきらめない。



(最初にあやまる人を間違えたわ)

 自室に戻ると、ペンを取り謝罪の手紙を書いた。


「フローラ様に届けてちょうだい」

 侍女に命じる。送り先は義母だ。

 侍女は目を丸くして手紙を受け取った。




 次の日の朝、キャロルが登校のため馬車に乗ろうとしていると、フィリップが走って来た。


「同じ学校に通うんだから、一緒に行きましょうよ」

 誘ってみると無言で馬車に乗りこむ。


 反論しない所を見ると、どうやら同じ予定だったようだ。



 それからは同じ馬車で移動し、宿題も一緒にするようになり、義母は本館に移り住むことになった。



「アルコバレーノさんとは最近どうなの?」

 キャロルは義弟の恋愛が気になって聞いてみる。


「アンジェ嬢とは‥別にそんなんじゃ」


 あわてる義弟がかわいくてキャロルはにんまりした。

 フィリップは真っ赤になる。


「いや、だから彼女たちとは家族みたいなのが楽しくて‥」

 



 フィリップが執着していたのは家族だった。

 優しい女の子とその子を守る同年代の男子たちは、妹や兄のようで一緒にいるのが心地良かった。


 だから本物の姉と仲良くなれた今はそこまで執着していない。

 しかしそれはフィリップの秘密である。


(そんなにすぐ素直になれるかよ)



 *



 季節は夏になった。

 学園も夏期休暇に入る。


 キャロルは家族で避暑地に旅行だ。

 高原の別荘は華やかに整えられている。



「キャー 素敵!」

「おやおや去年も来ただろう」


 キャロルが前世の記憶で悲鳴を上げると父親が笑う。


「今年はお義母様とフィリップが一緒だから余計に楽しみだったの」

 言い訳をしたら義弟がフイっと横を向く。



「一緒にテニスしましょうよ」

 お茶の後にキャロルが誘えばフィリップも素直についてくる。


 キャロルのテニスの腕はそこそこ。運動神経は義弟の方が遥かに勝る。

 でもフィリップはちゃんと手加減をしてくれたようで、キャロルも試合を楽しめた。



「初日で随分楽しんだようだね」

 夕食時に父がニコニコ聞いてくる。


「ええ、テニスがとっても楽しかったわ」

「キャロルはもっと練習した方がいいよ」


(生意気な弟も可愛い)

 キャロルは生暖かい目で義弟を見る。


「そうね、あなたの相手だったらもっと上手な方がいいわ。お父様、明日はコテンパンにして差し上げて」

「う~ん僕ももう年だからなぁ」

「あなた、頑張って」


 家族の団欒にキャロルはほっこりした。


(これなら婚約破棄されたって、家族が優しくなぐさめてくれるかも)



「キャロル、フィリップ、近所に友人が来ていてね、君たちを招待してくれた。明日はうかがいなさい」

 別荘地には他の貴族も遊びに来ている。


 社交は令嬢にとって必須の仕事。断ることは許されない。


 ただ、相手がちょっと。



(騎士団長の息子、エドワード・ランドローバーか)




「お招きありがとうございます、ランドローバー様」

 キャロルは礼儀正しく膝を曲げる。



「キャ、フィリップ君来てくれたのね。お姉さんも一緒に」

 なぜがエドワードの側に、ピンク髪のヒロインがいる。


(これはあれかな? 一番好感度が高い相手の別荘に呼ばれるイベントとか)



「アルコバレーノさんも久しぶり」

「もうフィリップ君たら、アンジェでいいのに」


「フィリップが来たって聞いて、アンジェが会いたがっていたんだ」



(ヒロインさん、本命は誰なのかな)


 お茶を飲みながら近況を報告し、ここでもテニスをすることになった。



「ダブルスできるだろ? 運動服は用意できるから」


 エドワードは動いていないと死ぬのかってくらいの運動バカ。

 ヒロインはゲーム補正があるのか、何でも器用にこなす。


 キャロルとフィリップは全敗した。


「ゼイゼイ‥力の差がありすぎますわ」

「じゃあ、次は男女入れ替えにするか」


 エドワードはしぶしぶペアを変える。


 今度はいい勝負になった。


「ハンデ戦もおもしろいな」

(誰がハンデじゃ)


 キャロルは心で毒づく。



「フィリップ君、私フォームに自信がないの。直してぇ」

 ピンク髪が義弟に寄りそっている。


 手と手を取って指導する二人を、エドワードがうらやましそうに見ていた。


「ランドローバー様もやってあげればよろしいのに」

 つい口を出すと、エドワードは真っ赤になった。


「いや、オレでは体格差がありすぎてできないんだ」

「イブリン様を誘えば良かったのでは?」

 


 エドワードにも婚約者はいる。侯爵令嬢のイブリンだ。

 キャロルの友人でもある。彼女なら手足が長くて身長もキャロルよりちょっと高い。


 まあつまりキャロルは友人が誘われないことに嫌味を言ったのだ。



「イブリンは‥昔強く腕を引っぱってから、誘っても来てくれない」



 うっとキャロルは詰まって、ハアとため息が出る。


「ではわたくしが練習台になってあげましてよ。きちんと令嬢の扱いを学びませんと、イブリン様にもアルコバレーノさんにも嫌われてしまうでしょうから」


「フィリップの姉さん‥いい奴だな!」

「キャロルで結構ですわ」



 キャロルのラケットを握る腕を、エドワードが気をつけてつかむ。


「まずサーブはこう!」


 キャロルの腕が信じられないスピードで振り下ろされた!


「ひぃ」



「ボールが返ってきたら、こう!」


 エドワードはキャロルごとラケットをぶん回す!


「す、筋が‥」



「で、それから」

「待てってエドワード、義姉さんが痛がっているだろう!」


 フィリップが真っ青になりながら走って止めてくれた。


(助かったぁ)



「すまん! まだ加減が分からなくて」

 必死に頭を下げるエドワードをフィリップがにらみつける。


「義姉さん疲れただろう、今日はもう帰った方がいい」

「そ、そうね、今日はもうこれくらいで」


 ええーとエドワードは不満顔だ。

「これからだろ」


 アンジェ嬢がとことこ来るとフィリップの服をつまむ。

「また明日会えますよね」

「そうね、また明日」


 キャロルは明日に苦行を先延ばしにした。




「テニスは飽きたよ。今日はボートに乗ろう」


 翌日も良く晴れて暑い。

 フィリップの提案にみんな賛成した。


「姉さんはボクと乗ろう」

 ここ数日、なぜか義弟が懐いてくる。


 キャロルはフィリップとボートに乗った。



 フィリップがゆったりボートをこぎ出す。


「姉さん、殿下に振り向いてもらえないからって、あれはないよ」

 どうやら心配してくれたらしい。


「ふふ、ランドローバー様とは別にそんな関係じゃなくてね」


 エドワードの悩みを義弟にもらす。


「ふうん、理由は分かったけど‥せっかくの家族旅行なのに」



 キャロルだってせっかくの休みを他人の人間関係に振り回されたくはない。

 まあ恩を売っておけば断罪フラグを回避できるかも、くらいの下心はあるけれど。



「フィリップ君、一緒に乗りましょう」

 岸に着くとアンジェ嬢に義弟を取られてしまった。


(昨日と同じか)



 そしてエドワードを見ると、あからさまにうなだれている。


「どうしましたの?」

「あーキャロル嬢、オレは女の子と二人でする会話が思いつかない!」


 キャロルは吹き出してしまった。

「では、その練習もしましょうね」


 ボートを桟橋から押し出す。


「さ、最近はどうしている」

 緊張しながらも話を振ろうとするエドワードは中々ほほえましい。


「そうですね、わたくし歴史が好きなので、歴史小説を読んでいますわ」


「そ、そうか、オレは最近ハムストリング筋と大腿筋を重点的に鍛えている」


 ん? とキャロルは話の流れに不安を持った。


「キャロル嬢はいつもどんなトレーニングをしているんだ?」

(え、筋トレ前提?)


「そんな細い腕じゃバーベルは持ち上げられないぞ、今度一緒に腕立てしないか?」

「ちょーっと待ってください、令嬢とする会話じゃなくてよ」


 キャロルがあわてて止めるが、脳筋はどこが悪いか分かっていないようだ。


「え、そうなのか。じゃあ腹筋運動を」

「筋トレから離れろ」


 思わずつっこむキャロルにエドワードは眉をひそめる。



「令嬢っていつもスタイルを気にしているんだろう? だったら運動が一番じゃないか」

「前半は合っていますが、イブリン様だったらスイーツの話題の方が無難でしてよ」

「え、ウェストを気にしているのに糖質と脂質の話をするのか?」



 キャロルは真顔でエドワードの両肩をつかむ。


「良いですか、エドワード様。誰にも本音と建て前はあるのですよ」


 真剣ににらまれて、エドワードも納得する。

「そうだったのか‥!」




 エドワードに女性との会話を教えるのは至難の業に思えてきた。


「みなさん一緒にお茶にしません」

 一人では無理だと、キャロルはエドワードとアンジェを公爵邸の別荘にさそう。


「アルコバレーノさんはどのようなお菓子がお好みかしら?」

「え、私はケーキとかアイスクリームが‥」

「では焼き菓子にクリームをそえてもらいましょう」



 にっこりアンジェに笑いかけた後、キャロルはエドワードに念を押す。


「エドワード様、これからわたくしたち女子トークを行いますので、内容を覚えて帰っていただきますか」


「え、え?」


「アルコバレーノさんも、エドワード様と筋肉のお話ばかりされたいのでなければ、ご協力下さいね」


 男爵令嬢にも有無を言わせぬ笑顔で協力を仰いだ。

 ついでに名前呼びの許可も取る。



「アンジェさんは町に行く時はどこにお出かけいたしますか」

「ひゃいっ、私は露店のアクセサリーを見たり、買い食いしたりしています」

「あら素敵ね。わたくしも今度やってみようかしら」

「ええっと、公爵令嬢が行くお店じゃないんですけど」

「護衛がいれば良いかと。わたくしだって露店でどんな商品が売っているか見てみたいわ。買い食いだってやってみたいし」

「じゃあ、私が案内しますよ。おいしいお店いっぱい知ってるんですから!」


 ライバルとの会話は意外と弾んだ。



 フィリップがボソッとつぶやく。

「アンジェ嬢ってさ、そっちが素なんだね」


 アンジェは真っ赤になった。

「ご、ごめんなさぁい」


「いや、いつもの話し方より親しみやすいよ」

「そうだな。俺もさっきのがいい」


 男子二人に説得されて、美少女は真顔になる。


「そうなの?」



 エドワードの勉強以外にアンジェの素顔も見られて、お茶会は有意義に終わった。




「エドワード様って婚約者がいたのね」

 帰りの馬車の中、アンジェがつぶやく。

「まあな、でも嫌われてる。オレが粗野なせいで」

 エドワードは遠くを見た。



 エドワードは侯爵家の三男だ。

 家を継ぐことはできない。だから騎士として身を立てようと子供の頃から訓練にいそしんできた。


 侯爵家令息としての教育をサボって。


 礼儀作法が最低限でも何とかなると、楽観視していた。

 訓練仲間はみんな自分と同じレベルだし、幼馴染の第二王子は笑って許してくれたから。



(本当に分かってなかったよなぁ)



 しかし学園に入学するとエドワードは周りとの差に唖然とした。

 高位令息はみな上品な言葉で話しているのだ。


 彼が気楽につき合えたのは騎士志望の下位貴族くらい。



(女子となんて会話もできなかったよなぁ)


 婚約者が決まってもまともに交流ができないことに愕然とした。

 イブリン嬢は筋肉にもトレーニングにも試合の勝敗にもまったく興味を示さなかったのだ。



 だからアンジェと仲良くなれた時は天にも昇る気持ちだった。

 彼女を通じて他の令息とも仲良くなれたし。


 エドワードがアンジェを別荘にも誘ったのはもっと仲を深めたいからだったが‥ 彼女はフィリップの方を選ぶ。


 なんで別荘まで近所なんだよ、と不満に思っていたら、


「ではわたくしが練習台になってあげましてよ。きちんと令嬢の扱いを学びませんと、イブリン様にもアルコバレーノさんにも嫌われてしまうでしょうから」


 フィリップの姉に思いもよらぬ提案をされた。



「良いですか、エドワード様。誰にも本音と建て前はあるのですよ」


 エドワードは感激した。初めて本当のことを教えてもらって。

(キャロル嬢、めちゃくちゃ良い人じゃん)



 *



「休暇って楽しいわね」


 こんな感想を抱くのはキャロルの人生にとって初めてかもしれない。


(キャロルを幸せにするために、私は転生したのかな)


 贅沢な暮らしが当たり前、閉鎖的な環境で甘やかされて育ったら、不満だらけの令嬢が出来上がるのは無理もない。



 毎日四人で集まっては午前中にテニスやボートで遊び、午後は公爵邸でおしゃべりしたり本を読んだりする。


「アンジェさんが好きなのはどなたなのかしら」

 恋バナも忘れない。


「あー私、素敵な男性に囲まれているのが楽しいだけで‥別に誰かが好きって訳じゃなかったんです」


 アンジェはだいぶキャロルと親密になった。

 本心を話してくれるくらいに。


「そりゃ、もしかしたら結婚できるかなぁってくらいは思っていましたけど」

「ふふ‥ じゃあ王子妃になりたい訳じゃないのね」

「む、無理ですよそんな! キャロル様を差し置いて? 私、命が惜しいです!」


 蒼白になるアンジェにキャロルはクスクス笑う。


「そうなったら祝福してよ」

「嫌ですよ、今でさえマナーとか大変なのに‥ キャロル様が成って下さい」



(前世を思い出した私に、ブライト様の隣はつり合うのかしら)

 キャロルにも重圧への不安が押し寄せる。



 *



 夏期休暇が終わり、キャロルは最終学年になった。



「アンジェに何をした」

「はい?」


 珍しく婚約者からサロンに招待されたので放課後向かうと、ブライアン殿下は眉間にしわを寄せてキャロルを睨みつけてきた。


「とぼけるな、休暇前からおかしいと思っていた。デイビスもフィリップもいつの間にか私たちの前に姿を現さなくなったからな」


「えっと、学校には来ていましてよ」


 フッと殿下は笑う。キャロルを馬鹿にするように。


「今までは昼食も放課後も一緒だったのに、だ。アンジェを阻害するために私たちを離反させているのかと思ったが‥」


「違います」

 キャロルは必死で首を振った。


「今度はエドワードがいなくなった」

「婚約者のイブリン様とご一緒しているだけですわ」


 殿下はうなずいた。


「ああ、それで分かった。君が嫌がらせをしたいのは私であろう」


「へ?」


 キャロルの目は丸くなった。


「そう考えればつじつまが合う。最近アンジェまでよそよそしくてな、理由を聞いても濁される」


(そりゃアンジェさんも王子妃になりたくないって、本人にはっきりとは言えないわよね)


 キャロルには理由が分かる。

 しかしそれをここで言って良い物か。



「どうも休暇中、君たちは一緒にいたようだ。その時に何を吹きこんだ」


「ええっとー 身分の高い方々とご一緒するのは光栄ではあるけれど恐れ多いとかおっしゃっていましたよ」


 何とかそれっぽく伝えたが、


「私を孤立させて君に何の理がある? そんなに私の気を引きたいのか?」

 殿下は鼻を鳴らした。


 全然伝わっていない。


「それとも公爵家の陰謀かな」



 キャロルは悩んだ。


(ヤバい‥ これじゃ断罪コースから逃れられないじゃない。もう不敬を承知でハッキリ言った方が良いのでは)


 陰謀を企てられたと誤解されるより、不敬罪の方が罪は軽そうだ。


(死罪に比べたら、平民落ちくらいは覚悟しなくちゃ)



 キャロルは王子の瞳をしっかり見据える。


「ブライアン様、婚約を解消いたしませんか?」



「‥は?」


 殿下は言葉の理解に時間がかかっているようだ。


「わたくし殿下のお友達に何もしておりませんわ!」


 キャロルの声がサロンに響く。


「信じていただけないのは今までの態度が誤解を生んだのでしょう。べたべた付きまとわれて、さぞご不快でしたわね。こんな婚約、もう終わりにしてはいかがでしょう」


 自分に都合の良い提案にハッとする

「解消にしていただければ助かりますが、破棄でも構いません」


「解消‥ なぜ君から‥」


 破滅フラグをへし折るためです、とは言えない。



「ブライアン様に申し訳なくて。公爵はわたくしが説得いたしますわ」


「君は、僕が好きだったはず‥」

 殿下の声は小さくなる。


「大丈夫ですわ!」


 今のキャロルには恋心など微塵もない。

 納得してもらうため、言い直す。



「もう殿下のことは全然お慕いしておりませんから!」


 にっこり宣言するキャロルに殿下は唖然とした。



 *



(気になるフラグは全部回避できたわ)


 週開け、キャロルはルンルンで馬車に乗りこむ。


「義姉さん嬉しそうだね、何があったの」

 フィリップにも感づかれちゃった。


「うふふ、お父様におねだりをしたの。きっと聞いてもらえるわ」


 父からは随分心配をされてしまったが、新しい嫁ぎ先などこれから考えれば良いのだ。


(卒業までまだ一年もあるんだし、ゆっくり探せばマシな縁談も就職先も見つかるでしょう)




「キャロル・アイスバーグ嬢!」

 校舎に入ると呼び止められてしまった。


 デイビス・ゲイルがつかつかキャロルに近づく。


「今学期は君に負けない。が、もし良ければ勉強法を教えてくれないだろうか」


 以前よりはずっと口用が穏やかだ。



「参考にしたいんだ」


 キャロルはニッコリうなずいた。

「構いませんわ、放課後でよろしくて?」



「放課後はボクと一緒に勉強する約束だろ」

 フィリップがまとわりつく。


「キャロル嬢、また相談に乗ってくれよー」

 エドワードにも絡まれた。



「ほらほら皆様、キャロル様を困らせちゃいけませんよ」


 男性に囲まれたキャロルを、アンジェが救い出し教室に同行してくれる。




 その一連の流れを、離れた場所からブライアンは見ていた。



 *



 子供の時に婚約が決められたキャロル・アイスバーグ。

 ブライアンは特に興味がなかった。


 高い教養と洗練されたマナーを身に着けた彼女は、自分の身分につり合っている。

 重要なのはそれだけ、のはずだった。


 最近はどうも調子がおかしい。


 キャロルはブライトに近づいて来ない。

 ブライアンがアンジェと仲良くしても小言を言わない。



 しかしブライアンのグループからはメンバーが減った。


 初めにデイビス、次にフィリップ、休み明けにはエドワードとアンジェ。


 自分の周りから友人がいなくなることはブライアンにもつらい。



「私を孤立させて君に何の理がある? そんなに私の気を引きたいのか?」

 とうとうキャロルを問い詰めてしまった。


 しかし返って来たのは婚約解消の提案。



 初めて思い知った。


 キャロルにとってもブライアンは親が決めただけの婚約者に過ぎないことに。

 ブライアンとして求められていたのは身分と顔だけだったのだろう。



 あの日の会話以来、キャロルは幸せそうだ。


(彼女はあんなに楽しそうに微笑むのだな)


 今日も亜麻色の髪がまぶしい。




「公爵家から婚約解消の相談を受けた。息子よ、王族ともあろう者が令嬢一人振り向かせられなくてどうする」


 王宮に呼び出されたブライアンは陛下から叱責される。


「父上、申し訳ありません。私が男爵家の令嬢とうつつをぬかしたばかりに」


 それが婚約者の心が離れるきっかけだったことはブライアンにも分かっている。



「せめて‥ 卒業までは猶予をいただけないでしょうか?」

「構わんが、失敗すればアイスバーグ家に並ぶ家門の令嬢などいなくなるぞ」


 ブライアンの直訴に王は遺憾を示す。

 今なら婚約が結べる高位の令嬢でも、卒業までにはみな婚約者を決める。父親が心配するのは当たり前だ。


 ブライアンは不遜な笑みを浮かべた。


「構いません。何としてでも口説き落とします」



 *



「はあ、またブライアン様とお茶会だわ」


 キャロルは気が重い。

「お父様はちゃんと王宮に行って下さったのかしら」



 婚約が無事に解消すれば、晴れてキャロルも自由の身だと言うのに。


 重い足を引きずってサロンに向かう。



「やあ、よく来てくれた」

 ブライアンはとろけるような笑顔でキャロルを出迎えた。


(はい?)


 そして困惑するキャロルの手を取って自分の隣に座らせる。


「君のために色々取り寄せたんだ、楽しんでくれたまえ」


 何が好みか、どこに遊びに行きたいか、殿下の口から会話が途切れない。



「えっと、アンジェさんは一緒ではないの?」

 キャロルが質問しても首を振る。


「あの子はただの友達だよ」


 ブライアンの胸がちょっと痛んだのは、キャロルには分からない。



「一番大切な人が誰か、やっと分かったんだ」


 ブライアンの体がキャロルに近づく。

 キャロルの顔に息がかかる。



(まさかまさかまさか!)


 真っ赤になるキャロルの耳に声が響いた。



「あー! ブライアンもキャロルもここにいたのか!」



 ブライアンはヒュンと身を引く。

 開かれた扉からはエドワードがズンズン入ってきた。



「エド、急に入るのはマナー違反だ」

 眉間にしわを寄せてデイビスが続く。


「え、姉さん、殿下と二人きりだったの?」

 困惑するフィリップも。


「ちょっと、これ絶対お邪魔な奴じゃ」

 最後にあわてているアンジェ。



「あー 、みんなでお茶でもどうかい?」


 殿下はさっきまでのことは忘れたかのごとく気軽に誘っている。

 

 若干笑顔は引きつっていたが。


 キャロルも表面は取り繕ったが‥ 心臓はやばかった。




 これ以降、心臓がたびたび危機に襲われることを、今のキャロルはまだ知らない。


アンジェが主人公のお話と同時に作っていて没にした方のお話です。


全体構成は平凡ですが、個々のエピソードが気に入っていたので(デイビスとエドワードが)アップしました。


王子名前は最初ブライトだったのをブライアンにしたのでミスが残っていたらスミマセン。

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