屋上で、風が吹いた日 ──君は、誰?
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この学校は、人の声が多すぎる。
教室のざわめきも、廊下の笑い声も、私にとってはただの“雑音”だった。
「なんでそんなにしゃべれるんだろう」
そんなことばかり、心のどこかで思っていた。
みんなが毎日を楽しそうに過ごしている横で、私は、そこにいない誰かのような気分でいた。
*
放課後のチャイムが鳴る少し前。
私はいつものように席を立った。先生に気づかれないように、そっと扉を開け、階段を上がる。
誰もいないことを確認して、屋上の扉に手をかける。
少し硬いけど、もう慣れた。力を入れて引けば、鈍い音とともに扉が開いた。
風が吹いた。
夏の終わりと秋の始まりが混ざったような、少しだけ切ない匂いがした。
フェンスのそばに立ち、私は空を見上げる。
高くて、青くて、どこまでも続いている空。
──なのに、どこか遠く感じる。
「……やっぱり、ここにいたんだね」
不意に、背中越しに声がした。
振り返ると、制服姿の男の子が立っていた。
見たことのない顔。少なくとも、同じクラスにはいなかった。
「……誰?」
「ごめん。驚かせたね。でも、風が導いてくれたから、なんとなくここに来たんだ」
「風……?」
意味がわからなかった。でも、怒る気にはなれなかった。
彼の声は不思議と耳に心地よくて、静かな空気を乱さなかった。
「君は……ここで、よく空を見るの?」
「……たまに。誰もいないから」
「それ、少しわかるかもしれない」
彼はそう言って、フェンスのそばに並んだ。
少しだけ距離を取って、私と同じ高さから空を見ていた。
「ここ、君の“秘密の場所”?」
「そんな大げさなもんじゃない。ただ……誰にも邪魔されたくないだけ」
「うん。……安心して。僕は、邪魔しない」
沈黙があった。でもそれは、不快じゃなかった。
風と、空と、たったふたりの時間。
「君、名前は?」
「……教えなきゃダメ?」
「いや、いいよ。きっと、そのうちわかる気がする」
そう言って彼はふっと笑った。
懐かしいような、でも現実じゃないような不思議な笑顔。
私はそれ以上、何も言えなかった。
ただ空を見て、心の奥で自分でも気づいていなかった“揺れ”が、生まれたことだけは、確かに感じていた。