扉の前で
「……はぁ」
昼休み。
教室の隅、窓際の席で、私は小さくため息をついた。
誰も聞いてないふりをしてるけど、
きっと結衣あたりにはバレてる。
それでも誰にも話したくなかった。
今日は……なぜか、時間が遅く感じる。
授業の内容なんて、全然頭に入ってこない。
黒板の字が滲んで見えるのは、
眠いせいじゃなくて、
たぶん、心がどこかに置いてきぼりになってるからだ。
──そなたくん、今日も屋上にいるのかな。
気づけば、そう思ってた。
それだけで、胸の奥が少しざわつく。
「また、空、見に来る?」
昨日のあの一言が、ずっと心に残っていた。
彼の声が。
目が。
風の中で、まっすぐ届いてきたあの言葉が。
行く理由なんて、ない。
でも、行かない理由も、もうない気がした。
「……バカみたい」
そう呟いて、自分の額を軽く指でたたく。
そんなこと言われたぐらいで、
こんなに気になるなんて、どうかしてる。
でも、誰かが言ってくれた優しさに、
少しでもすがりたくなってる自分も確かにいて──
午後の授業が終わるチャイムが鳴ったとき、
私は誰にも声をかけずに、教室を出た。
いつものように、
気配を消すように。
音を立てずに。
でも今日は、違った。
心臓の音だけが、どこか大きく響いていた。
階段を上がるたびに、
胸の奥が少しずつ熱くなる。
それが怖くて、
でも止まりたくなくて。
屋上の扉の前で、私は立ち止まった。
手を伸ばせば、すぐそこにいるかもしれない。
でも、もし──誰もいなかったら。
その「もしも」を考えただけで、
一歩がやけに重くなる。
私は期待なんてしたくない。
また裏切られるぐらいなら、何も始めない方がいい。
──でも。
「……いるかなんて、わかんないけど」
自分に言い訳するように、そっと扉に手をかける。
少し重たい扉の感触に、指先がわずかに震えた。
……もし、そなたくんがそこにいたら。
何を話そう?
それとも、何も話さなくてもいいのかな。
そうやって、未来のことを想像してる自分が、
少しだけ、愛おしく感じた。
カチリ、と音がして、
扉のロックが外れる。
私はゆっくりと、
まだ見ぬ空と、彼の姿を探すために、
扉を押し開けた。