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天使は恋をする  作者: 水瀬 凛
第12章
13/17

この胸に生まれたもの

 再び屋上に立った。


 風は穏やかだった。

 空は昨日とよく似ていて、ほんの少し秋に傾いていた。


 この場所は静かだ。

 人間の声が遠くなって、心だけが自分の中に戻ってくる。




 ……けれど、今日は、少し違った。




 僕は、“誰か”を待っていた。




 理由は、説明できない。

 ただ、そうしてしまっていた。


 昨日、みうさん──いや、みうと話したことで、

 僕の中に何かが残っていた。


 彼女の声。

 戸惑い。

 それでも、立ち止まらずに声をかけてくれたこと。




「また、空、見に来る?」


 あの言葉を、僕は自分で言った。

 何のために? なぜあの時、それを口に出したのか。


 ……たぶん、答えはわかっていた。




 ──来てほしかったから。




 ただそれだけの願いが、

 こんなにも胸を締めつけるとは思わなかった。




 風がひとつ、フェンスの間を抜ける。

 音もなく、僕の頬をかすめて通り過ぎていく。




 足音は聞こえない。

 ドアも開かない。

 空には、僕しかいなかった。




 ……期待するという感情は、こんなにも重たいのか。




 天使だった頃は、ただ見守るだけでよかった。

 届かなくていい。触れなくていい。

 想いを持ってはいけなかったから。


 でも今、こうして人の姿で彼女を待っている。

 それだけで、僕はもう、天使ではないのかもしれない。




「──何を、しているんだろう、僕は……」


 思わず漏れた独り言に、自分の声が硬く響いた。


 いつのまにか、“天使としての言葉遣い”も少しずつ崩れてきている。

 誰かの隣で、誰かを思うことで、僕は少しずつ、変わっていく。




 けれど。


 ……変わることは、悪いことなのだろうか?




 その答えは、まだ出ない。

 けれど、みうと話したときに感じた“あたたかさ”は、

 嘘ではなかったと、確かに思える。




 ──彼女が来なくても、それでもいい。


 そう思おうとした。


 でも心のどこかでは、

 もう一度だけ、彼女の声を聞きたかった。


「天野くん」って、不器用に呼ばれるだけでいい。

 それだけで、この胸の何かが少し軽くなるような気がした。




 ……それが「恋」なのかどうか、まだ分からない。


 でも、

 “誰かを待つ”ということが、こんなにも苦しくて優しいのだと知ってしまった以上──


 僕は、もう以前のようには戻れない。




 そして今、

 空を見上げながら、ひとつだけ確かに思っていた。




 ──また、彼女と話したい。


 ただ、それだけを。




 何の見返りもなく、ただ純粋に。

 彼女の声を、表情を、今度はもっと近くで知りたいと、

 初めて“心から”そう思った。




 それが、

 この世界に生きる者の感情なのだとしたら──




 ……きっと僕は、もう、それを手放せない。


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