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天使は恋をする  作者: 水瀬 凛
第11章
12/17

知らない温度

「……また、空、見に来る?」


 その言葉が、帰り道の中で何度も反響していた。




 ただの誘い。

 それだけのはずなのに、

 胸の奥が、まだほんのり熱い。




 歩く足音。

 夕焼けに染まるアスファルト。

 自動販売機の光。


 全部が、いつもと同じ景色のはずなのに──

 なにかが、少しだけ違って見える。




「……そなたくん、ほんと変な人」


 口に出してみても、誰もいない道では空しく響くだけ。

 けれど、それでも口にしたのは、

 胸の中のざわつきを、少しでも追い払いたかったからだ。




 自分から声をかけたのは、

 ただ、確かめたかっただけ。


 あの時の屋上が、あの空が、

 ほんとうに“幻”じゃなかったと──信じたかっただけ。




 なのに、

 あんなふうに、笑われたら。


「僕は、話せて嬉しいです」


 って、まっすぐ言われたら──

 どうしたらいいか、わからなくなる。




 “嬉しい”なんて、簡単に言わないでよ。

 そんなふうに言われたら、期待しちゃうじゃない。


 私のことを、誰かが必要としてくれてるって、

 そんな風に思いたくなってしまうじゃない。




 ──でも、ほんとうは。




 ほんとうは、私の方こそ……

 あの一言が、少し、救われたんだ。




 “居場所を探してる”って言ってた。

 あんなこと、誰にも言わないような顔をしてるのに。

 私にだけ、見せてくれた気がした。




 それはただの勘違いかもしれない。

 でも、もし少しでも――私の存在が、彼にとっての“居場所の一部”になれるなら。


 ……って。

 どうして、そんなことを思ってるんだろう。




 家に帰って、自室に入り、

 ドアを閉めた瞬間、深く息を吐いた。


 机の上に、ノートとスケッチブックが開きっぱなしになっていた。


 ふと、鉛筆を手に取る。


 ページの片隅に、小さく線を描いた。




 風に揺れる髪。

 まっすぐな目。

 不器用な言葉。




 気づけば、その“後ろ姿”を描いていた。

 誰にも見せられない。

 でも、消すこともできない。




 まるで心の奥に、あの人の存在が焼きついてしまったみたいだった。




「……ほんと、ばかみたい」


 ぽつりと呟いた声が、

 さっきより少し、優しかった気がした。




 それでも、

 この想いにはまだ、名前をつけられない。




 だから今はただ──

「また、空を見に来る?」の言葉を、

 何度も、心の中で繰り返していた。




 ……たぶん、行くと思う。




 自分で認めるのが怖くて、

 でも、否定しきれない気持ちが、

 胸の中でゆっくりと輪郭を持ち始めていた。


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