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天使は恋をする  作者: 水瀬 凛
第10章
11/17

心を持つものとして

 空を見上げていた。


 理由はなかった。

 ただ、何も言わずに空を見ていると、少しだけ心が静かになった。


「空は嘘をつかない」──

 かつて誰かが言ったその言葉が、今は少しだけわかる気がする。




 けれど、心は嘘をつく。

 自分にさえも。




「天野くん」


 背後から、小さな声がした。




 その名を呼ばれることに、まだ慣れていなかった。

 なのに、その声はすぐにわかった。


 振り返ると、そこにいたのは――彼女だった。

 みうさん。




 驚いた。

 彼女が自分から声をかけてくるとは思わなかった。


 その瞳には、迷いと、ほんの少しの決意が入り混じっていた。




「……こんにちは」


「……あ、うん。あの」


 彼女は、何か言いたそうにして、けれど言葉を探すように目を伏せた。

 その仕草が、どこか不安定で、でも痛いほどまっすぐだった。




「きのう……というか……前に、屋上で会ったとき……」


「はい。覚えています」




 僕の声は、やはりまだ硬かった。

 でも、伝えたいと思った。


 ただ、彼女の声をもう一度聞けたこと。

 その場に立ってくれたこと。

 それだけで、心が熱くなったこと。




「別に、何か話したいとかじゃなくて……ただ、その……」


「……僕は、話せて嬉しいです」




 その一言が、口からこぼれた瞬間、

 自分の胸が軽く震えた。




 あれが、“感情”だった。


 誰かの存在に、何かを動かされるということ。

 これが、「心を持つ者」の証なのだと、今はわかる。




「……あなたって、不思議な人だよね」


 みうさんが、ぽつりと呟いた。


「クラスにいるのに、そこにいないみたいな。……でも、ちゃんと見てくれてる気もして」


「……それは、僕が……少し、人と違うから、です」


「違うって……なにが?」




 答える言葉が、見つからなかった。

 だけど、彼女は問い詰めるような目ではなく、ただ、探るように僕を見ていた。


 彼女自身も、まだ誰かを完全に信じるには怖すぎる世界にいるのだとわかった。




「……たぶん、僕も、居場所を探してるところなんです」




 その言葉は、思っていたよりもずっと人間らしく響いた。

 自分の口から出てきたことが、少し不思議だった。




 風が吹いた。


 彼女の髪が少しだけ揺れて、細い指で押さえられた。

 その何気ない仕草が、妙に胸に残った。




「……また、空、見に来る?」


 その問いが、自分から出たことに驚いた。


 でも、彼女は少しだけ目を見開いて、それからほんのわずかに笑った。


「……うん。たぶん」


 その笑顔は、きっと誰にも見せていないものだった。




 僕の心は、その一瞬で、静かに熱を帯びた。

 それが何という感情なのか、まだ名前を知らない。


 でも、

 その名前を知る日が来たら──

 きっと、今とまったく同じ気持ちではいられない。




 ──そう思った。


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