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天使は恋をする  作者: 水瀬 凛
第9章
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名前のない気持ち

「また、空を見てたんだね」




 誰かの声がしたわけじゃない。

 でも、心のどこかでそう呟いた自分がいた。


 放課後、教室の窓から空を見上げたそなたくんの姿が、頭の中に焼きついて離れなかった。

 あの時も、屋上のときも。

 彼は、何も言わずに空を見ていた。


 ……なのに、不思議と“伝わってくる”ものがある。




 それが何かなんて、分からない。

 でも、私の中にずっと閉じ込めていた感情の一部が、少しだけ動かされてる気がする。




「……気のせいだよ。きっと」


 そう口に出して、自分に言い聞かせる。


 だけど今日、ふと名前を呼ばれて、心が跳ねた。


「天野くーん、これ教えてー!」

「そなたー、それ持ってきてくれる?」


 みんなが“そなた”って当たり前に呼ぶたびに、

 なんでだろう、胸の奥がチクリとする。


 呼ばないで、なんて思ってない。

 でも、呼びたい、なんて思ってるわけでもない。




 ──わたしだけが、名前を呼べない気がした。




「ねぇ、みうって、天野くんとなんかあったの?」


 授業のあと、結衣がまた聞いてきた。


「前より気にしてる感じするし……話しかけようとした?」


「してない。話す理由、ないし」


「ふぅん? でもさー、あの人、なんか特別じゃない?」




 ……そう、かもしれない。


 空気みたいに静かで、でも確かにそこにいて。

 こっちが逃げようとしても、なぜか“見つけられてしまう”ような目をしてる。




「変な人だよね。喋り方も、ちょっと浮いてるし」


「あれ、なんか……昔の文豪みたいな喋り方じゃない?」


「うん……」




 その“ちょっと不器用な言葉”に、私は少しだけ、安心していた。

 器用に人と距離を縮める人なら、きっと私はもう、目も合わせてなかった。


 でも、彼の不器用さは、どこか私の“今”に似ていた。

 うまく話せない。

 でも、黙っていても、何かが伝わってしまうような。




 ──気づかれたくないのに、

 気づいてほしい自分もいる。




「……あのとき、なんで屋上に来たんだろうね」


 無意識に、口からこぼれていた。

 結衣が「ん?」と聞き返すよりも前に、私は鞄を持って立ち上がる。




「先、帰るね」


「え、うん。気をつけてね~」




 階段を下りるとき、自分の鼓動がうるさく感じた。


 なにも起きてないのに。

 なにも、始まってないのに。




 ただ、“何かが動いている”──

 それだけが、確かだった。




 この気持ちに名前をつけてしまったら、

 もう元には戻れなくなりそうで、怖い。




 でも、もしまた、彼が空を見上げているのを見かけたら──

 私は、今度こそ、目を逸らせるだろうか。






 それが、いちばん怖かった。


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