勇者、炎上する
魔王を討伐してから、早くも一年。
世界に平和が戻り、勇者アルトは王都で悠々自適な日々を送っていた。
子どもに剣術を教え、自叙伝を書き、美味い飯を食って柔らかいベッドで寝る――最高の生活だ。
だが、ある朝。
その平穏は、玄関を叩く激しいノックであっさりと壊された。
「……誰だよ、こんな朝っぱらから」
眉をひそめつつ扉を開けると、そこにいたのは、ハンチング帽を被った見知らぬ男だった。
「お忙しいところすみません。週刊王都の記者、グランと申します」
週刊王都――名前だけは聞いたことがある。
王都で有名な、ちょっと下世話なゴシップ紙だ。
「……それで? 俺に何か用でも?」
「単刀直入にお聞きします。僧侶ミリア様とのご関係は?」
アルトの眉がぴくりと動く。
ミリアは魔王討伐の旅で五年間を共にした、かけがえのない仲間だ。
「そりゃあ……パーティの仲間だが?」
「ですが、毎月一度、西町の酒場で“密会”されてるという噂があります」
「密会って……いや、それは勇者パーティの定例会だ。月イチで集まって酒飲もうってだけで……」
「ただ、先月はお二人だけだったそうですね? 目撃証言も複数あります」
「それはたまたま! 他の連中が来れなくなっただけだ!」
「それでもマズいですね。アルト様はカトリーヌ姫とご婚約中。若く美しい女性と二人きりで酒場――世間はどう見るか……」
「……言いたいことは何だ」
「ご存知ないんですか? 今、王都はこの話題で持ちきりですよ」
「……は?」
「“勇者アルト、二股疑惑!”です」
心当たりが……ないわけでもない。
確かに、カトリーヌ姫ともミリアとも、月に一度は会っている。
「誤解だ。俺が付き合ってるのは姫だけだ」
「でも、旅に出るとき、ミリア様に『君の命を俺に預けてくれ』と仰ったとか?」
「それは……パーティ全員に言ったセリフだ!」
「四天王のバーバラと対峙した際には、『君のことは絶対に俺が守る!』と熱く叫ばれたとか」
「そりゃ言うだろ! 僧侶が死んだらパーティ全滅だ!」
「カデック山での野営中、ミリア様を抱き寄せ『寒いのなら、俺が温めてやる』と耳元で囁いた――とも」
「あそこは万年雪の山なんだよ! 焚き火のそばでも歯がガチガチ言うくらい寒くて、俺の毛布もかけてやっただけだ!」
「毛布を貸した、ではなく一緒に掛けたと?」
「貸したら俺が凍え死ぬわ!」
「……なんとなく光景が浮かびますねぇ。毛布に包まるお二人……ふふ」
「ふふ、じゃねぇ! それに耳元で囁いてないし! 言ったのは『凍傷になってもヒールで治るのか?』だ!」
グランは「なるほどなるほど」と呟きつつ、メモ帳にペンを走らせている。
「では、魔王討伐の際。ミリア様と熱く抱き合い、腰をがっしり掴み、高い高いしてぐるぐる回ったというのは?」
「いや、あれはテンション上がるだろ!? 魔王倒したんだぞ!? それに、戦士と踊るわけにもいかねぇし! 筋肉モリモリの男とキャッキャするよりマシだろ!」
「つまり、あくまで“勝利の喜びを表現する演出”だったと?」
「そうだよ! つか、言い方! いやらしく言わないでくれる?!」
「……ところで、噂の出所に心当たりは?」
アルトの脳裏に、軽薄そうな笑みを浮かべた男の顔が浮かぶ。
魔王城で臨時に雇ったシーフ――ハンス。
「あの野郎……」
数日後。
アルトのもとに、一冊の週刊誌が届けられた。
表紙には、でかでかと書かれている。
【独占スクープ】
”勇者アルト、カトリーヌ姫と僧侶ミリアの間で揺れる禁断の恋!”
アルトはページもめくらず、雑誌を床に叩きつけた。
「インタビューした意味ねぇじゃねぇかぁぁ!!」