まだ旅立ってない
パタパタと忙しない足音を響かせながら席の間を何度も往復する。
「おまたせしました!セットのミニサラダになります」
「エマちゃ~ん!注文いい~?」
「こっちも追加注文お願い!」
「はーい!ただいま」
飛び交う声に笑顔で答えつつ声を張り上げる。
昼時ということもあり、店内は大盛況だった。
まさに目の回るほどの忙しさ。
「世界を救う旅に出たんじゃないのかよっ!」とツッコまれそうだが、予想に反してすぐに旅立ち……とはならなかった。
長く過酷な旅になるだろうからと、周囲への別れを済ませたり、準備を整えたりするための1週間の猶予期間が与えられた。
午後からはお城に出向き毎日数時間の新人研修……ならぬお勉強。
野営はおろか、宿に泊まったことすらないエマたち。
旅のいろはや地理、近隣の通貨など基本的なことを講師たちが教えてくれる。
急に「世界を救え」とか無茶ブリしてくるとんだブラック企業かと思いきや(そもそも企業じゃないけど……)、高性能かつ高価な装備や潤沢な旅の資金を用意してくれたりと意外とホワイトだった。
成功報酬とは別に手当もでるし、縁起でもない話だけど万が一死傷した場合の補償や遺族補償もバッチリ!
まぁ、それでも拒否できるなら拒否したいけど……。
そんなこんなでお城に出向く以外は自由時間なエマは普通に店に出て、いつも通り看板娘としてお手伝いに精をだしているわけである。
両手いっぱいにお皿を持って、厨房と客席を小走りに走り回る。
エマのパパのお店は大人気の飲食店だ。
この世界の料理に漠然と物足りなさを覚えていたエマだが、そこまで不満でなかったのもきっとパパの料理のおかげ。素直にそう思えるぐらいエマが知っているお店で一番料理がおいしい。
だから前から大盛況ではあったのだけど……さすがにここまでではなかった。
「くあぁぁ!うめぇ!このまよにーず?最高すぎる」
「マヨネーズよ」
店のいたるところで交わされる会話に出てくるマヨネーズ。
お昼のランチにミニサラダをつけてマヨネーズをかけたところ大反響。
ポークソテーなどのつけあわせの野菜にもマヨネーズを添えたら野菜を残す人がほぼいなくなった。
他にも色々な調理法をエマが教えているおかげで、パパの料理レベルはグングン上昇。お客さんが毎日押し寄せて大盛況だ。
「エマはすごいなぁ。マヨネーズもだけど、とっても料理に詳しいし。すっかりパパ負けちゃってるからなぁ」
「そんなことないよ!パパの料理大好きっ」
「ママも大好きよ。パパもエマもすごいわぁ」
眉を垂らして困ったように笑うパパにエマは大きく首を振る。
そこにママがおっとりと口を挟んでと、エマの一家は今日も仲良しだ。
「それで?なんでクルトは毎日居るの?」
「だっぺおいひいから」
「飲み込んでからしゃべりなさい」
エプロンの前で腕を組み、エマは常連と化しているクルトを見下ろした。
食事が物足りないと語ったミレーヌに「じゃあ今度うちのお店に来て!パパの料理ほかより絶対おいしいから!」と告げたのをちゃっかり聞いてたクルトは翌日店を探し当てて訪れた。
それからは毎日のように居る。
初日にいきなり「お嬢さんを俺にください」とかまして、子煩悩なパパを慌てさせたり、あらあらとママを驚かせたりしつつも、すでに常連として馴染みまくり。
「だってこの店の料理、本当にほかより全然うまいし」
「そ、そりゃあまぁ?」
大好きな家族の料理を手放しに褒められれば、エマも悪い気はしない。
マヨ目当てだろうが、マヨ以外もおいしそうにきっちり完食しているし。
「それに昼からどうせ同じとこ行くんだし」
店の手伝いを切り上げ、そうして今日もお城へと向かった。