そしてキュウリをむさぼり食う
憐れみやら同情を一心に受けてから数十分後、エマは衝撃に目を見開き体を震わせていた。
不覚にも涙までにじみそうになる。
「おいしい……」
声を震わせて呟き、手に持ったキュウリを新たに口へと運ぶ。
「本当においしいですっ」
「…………(モッシャモッシャ)」
同じく感動の声を漏らすミレーヌと、もはや無言でキュウリをむさぼり食うクルト。
あれから結局、マヨビームを試してみることになった。
マヨ勇者ことクルトがあまりにうるさかったこともあるし、エマ自身も自分の能力に興味はあった。そして王たちをはじめこの世界の人たちにマヨビームを説明するのにも実演が一番早い。
……ということで。
用意してもらったのはマヨビームを放つためのお皿とキュウリ。
「マヨビーム」
お皿に手を向け叫んでみたら、指先からピュウッと飛び出るマヨネーズ。
……本当にでたよ。
あまりのシュールな光景に思わず数秒無言になった。
「食べていいっ?!ねぇ、食っていい?!」
ギンギンに目がイっちゃってるクルトに引きながら頷けば、すぐさま両手持ちしたキュウリに大量のマヨをまとわせ口にした彼は泣いた。
「うまぁぁ!!マヨサイコー!!」
号泣しながらむさぼり食う勇者の姿に広間の面々はドン引きだ。
エマもドン引いているが、久々のマヨの誘惑に抗えずミレーヌにも「どうぞ」と声をかけつつキュウリを手に取った。
そして口にした瞬間。
あまりのおいしさに衝撃が体を走り抜けた。
号泣するクルトに「泣くほどのことじゃないでしょ」とか思ってたのに、これはヤバい。
マヨネーズ、超おいしい。
「すごい、マヨネーズってこんなおいしかったんだ」
「久々に食べると感動しますね」
「それっ!」
まさに感動。
話しながらもエマもミレーヌも手を止められない。
「前世の食文化ってすごかったんだなって改めて実感します。正直、幼い頃に前世を思い出してからちょっと食事が物足りなくて……」
「えっ?ミレーヌちゃんそんな前から前世思い出してたの?あっ、ごめんね。勝手にちゃん付けしちゃったけど嫌じゃない?」
「大丈夫ですよ」
女の子同士交流を深めながらも、片手にはキュウリスタンバイ。
マヨが減ったら新たにマヨビーム追加し、次のキュウリへと手を伸ばす。
元々マヨラーのクルトはともかく、エマとミレーヌまでもここまでマヨの魅力に取りつかれているのにはわけがある。
この世界の食事、調理法が実にシンプルなのです。
お菓子なんかはそうでもないが、普通の食事はとくにそう。
この世界のお肉やお野菜は素材の味がとっても強い。
お肉を焼いて、塩コショウで味付けみたいな感じでもそこそこおいしい。なのであまり調理法に手間をかけていない料理が多いのだ。
だからお野菜なんかは嫌いな人はとことん嫌い。
ついさっき前世を思い出してばかりのエマだが、食への物足りなさはときおり感じていた。
その原因は不明だったが、恐らく自分の中に無意識に眠っていた前世の食文化のせいなのだろうと深く納得した。
「私も食べてみていいかな?」
一番年下っぽい王子さまが声をかけてきた。
声をかけられてはじめて、はっ!と手を止める。
マヨに夢中になりすぎて王族の存在忘れてた……!
マヨネーズはその味を知っている者にとってはおいしい魔性の調味料だが、知らない人には“もったりした謎の白い物体”だ。
原材料の予想すらつかないそれに手を出すのをためらっていた王子たちだが、勇者パーティがむさぼるように食べる姿を見て好奇心が勝ったもよう。
それでもおそるおそるといった感じでキュウリの先端にちょこっとだけつけて口へと運ぶ。
カッ!!
マンガなら目を見開いて、書き文字と雷を背負ったシーン。
そして王子さまもキュウリを無心で食べはじめた。
「そんなにおいしいのかい?」
「一体どんな味が……」
「生の野菜なんておいしいわけないじゃないですの」
そして他の王子さまやお姫さまも…………以下略。
王様も宰相さまも騎士さまも…………以下略。
「野菜スティック追加でおねがいしまーす!!キュウリだけじゃなくてニンジンとか、セロリに大根なんかも大歓迎!」
「マヨっ、じゃなかったエマ。マヨもっと追加してっ!」
「おいコラ、なに人の名前マヨにしてんのよ。マヨ禁止してやろーか!」
「ごめんなさいっ!許してっお代官様!!」